新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

あれ?
床が迫ってきていたはずなのに、痛みを感じない? 感じないどころか、何か下にクッションを感じるような?
「大丈夫か?」
エッ……。
高橋さん?
慌てて顔を上げると、真下に高橋さんが居た。
「た、高橋さん!」
見ると、高橋さんが私を抱きしめるようにして、下敷きになって支えてくれていた。
「大丈夫そうだな」
「す、すみません。高橋さん。大丈夫ですか?」
どうしよう。高橋さんが、怪我でもしてしまっていたら……。
「ああ、大丈夫だ。急に倒れるな。焦るだろう?」
「ごめんなさい。本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない」
嘘。
「えっ? ど、どこか痛いですか? どこですか?」
「この体勢が、大丈夫じゃない」
この体勢?
見ると、高橋さんの真上に乗りながら抱きしめられていた。
「あっ。す、すみません」
慌てて離れようとしたが、高橋さんが両腕に力を入れたので身動きがとれなくなってしまっている。
高橋さん?
そして、高橋さんの左手が私の頭を高橋さんの顔の方へ、ゆっくりと押し近づけた。
ち、近いです。近過ぎですって、高橋さん。
「あ、あの……ひゃっ……」
高橋さんが、両手で私を抱きしめたまま起き上がると、そのまま私の頭を自分の胸に押しつけた。
何という、腹筋の強さなんだろう。私にはとても無理だけど、でもそのお陰で高橋さんの香りがする。何故か、高橋さんの香りがすると安心してしまうんだ。まして、それが高橋さんの胸の中だったりしたら、尚更……。
「フッ……。こんな危なっかしいアシスタントを置いて、おちおち出張にも行かれないな」
「高橋さん……。ごめんなさい」
「言いたい奴には、言わせておけばいい。それに対して弁解しようとしたり、否定したいと思ったりすると、尚一層、余計なことばかり耳に入ってくる。俺が出張に行っている間、その……俺に言わせるとくだらない噂なんだが、その噂話にお前は猿になれるか?」
はい?
猿?
あまりに唐突な言葉に、驚いて高橋さんを見上げた。
「さ、猿って……」
「見ざる、聞かざる、言わざるっていうだろう? 三猿のそれだ。どうだ? なれるか?」
高橋さん……。
「私……いろんなことを言われて、どうしていいか分からなくて……。高橋さんと、同棲なんてしていないのに。私、妊娠なんて……それなのに……」
堪えていたものが、一気に吹き出すように涙が溢れ出していた。
「大丈夫だ。分かる人は、ちゃんと分かっている。現に、上司の俺が一番それを知ってるし、分かっている。それ以上に、何か必要か?」