新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

その言葉に驚いて目を開けると、少し屈んで視線を私に合わせた高橋さんの顔が間近にあった。
「お、怯えてるって。その……べ、別に、何も……」
「ならば、何故、何も用事はないのに黙って帰ったりしたんだ?」
「それは……」
黙って帰ってきてしまったことは、とても悪いことだと分かっていた。けれど、それしか思い浮かばなかった。
「確かに、一方的に俺が付箋に書いて渡した内容に関して、相手のあることだから都合が悪ければお前は拒否出来る。だが、相手のあることだからこそ、都合が悪いのなら都合が悪い。今日は、真っ直ぐ家に帰りたかったのなら、そう伝えなければ俺は分からないだろう?」
「ごめんなさい」
申し訳ない気持ちと怖さで、高橋さんの顔が見られなかった。でも、怖いのは高橋さんじゃないことも分かっている。今、こうしている時も、誰かに見られているんじゃないかとさえ思えて、高橋さんを前にしてまた別の意味で緊張していた。
「言わなければ、伝わらない。分かるか?」
「はい……」
高橋さんが、私をジッと見ているのが下を向いていても分かる。
「俺を見ろ」
そう言われて顔を上げると、高橋さんが優しい瞳で私を見ていた。
怒ってない?
もっと、怖い鋭い目をしていると思ってた。
高橋さん……何故?
「お前は、周りに何か悪いことでもしているのか?」
「えっ……?」
「お前は、誰かに後ろ指を指されるようなことをしているのか?」
高橋さん。
黙ったまま、首を横に振った。
「お前は、他人の目を気にしなければいけないような行動をしているのか?」
「していない……です。していないというか、していないと思います」
100%とそうかと聞かれたら、自信はなかった。
だけど、悪いことはしていないと思う。
「それなら、堂々としていろ。何も怯えることはない」
「でも……」
「でも、何だ?」
そう問い掛けた高橋さんは、少し屈んでいた姿勢を正すと、残りのカーラーの1つを外してくれていたが、その動作で高橋さんのジャケットの前立てが、私の顔をちょうど包み込んでしまっていた。
そのジャケットから、ほんのりと微かに高橋さんの香りがする。
「終了。これで、オヤユビミドリイシじゃなくなっ……。フッ……。お前、人のジャケットに顔突っ込んで、何やってるんだ?」