新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

「そうですか?」
高橋さんが、ソファーに座って残っていたビールを一気飲みしたので、それを見ていた私も喉が渇いていたので隣に座って残っていたビールを飲んだ。
「護身術」
ビールを飲み終えた高橋さんが、そんな言葉を呟いた。
「護身術?」
確か、護身術って……合気道とか、空手とかだったかな?
大してそんなことには興味がなかったので、どんなスポーツのものなのか。果たしてスポーツの部類に入るのかも、無知な私には区別もつかないものだった。
「そう。護身術」
「高橋さん。何処で、こんなこと覚えたんですか?」
何だか高橋さんからは、あまり想像出来ない。護身術とか……。
「ん? 中学の時、子供の頃から何となく続けていたピアノがやりたくなくて、部活で空手を始めたんだ。所謂、反抗期ってやつだよな。お袋からピアノは指が命なんだから、指でも怪我したら大変だから、空手の部活は辞めてくれと何度も言われたが、俺は聞かなかったんだ。結局、3年間続けて、その時に先輩から教わった」
初耳だった。
高橋さんが、ピアノを小さい頃から続けていたことも、空手をやっていたことも。
「そうだったんですか。でも、どうして私に?」
「今言ったように、俺は少しだが空手をかじってるから、ある程度は受け身が出来る」
ああ。だから、さっき肘で殴っても大丈夫って……。
だけど、何度もあれだけ殴られれば痛いはず。
「だが、普通の人間は、結構堪えるはずだ」
高橋さんは、空いたビールの缶をバキバキと音を立てながら潰して小さくした。
「もし、誰かに襲われても、急場は凌げるだろ?」
まさか……遠藤主任のことを言っているの? でも、きっとそうだ。
「それが1つ。もう1つは、お前に勇気があるか、どうかだ」
「勇気……ですか?」
「ああ、そうだ。だが……。その前に、風呂の準備して来るかな。今日は、湯船に浸かりたいし」
高橋さんはそう言って立ち上がると、先ほどの空き缶を更に潰しながらキッチンのゴミ箱に捨ててバスルームへと消えていった。