新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

「ちょっと、待ってよ」
エッ……。
驚いて振り返ると、そこには高橋さんよりもっと会いたくない人が私の腕を掴んでいた。
「今、帰り?」
「は、はい……」
嫌だな。遠藤主任と、変なところで会っちゃった。
「そう。それなら、ちょうど良かった。これから、飲みに行かない?」
「あ、あの、すみません。私、ちょっと用事があるので……」
何とか、早く切り抜けなくちゃ。そうしないと、高橋さんに見つかってしまうかもしれないもの。
「そうなんだ。だったら、その用事が済むまで何処かで待ってるから」
そんな……。
「あの、本当にすみませんが、今日は……」
「ふーん。あれだけ高橋と噂になってるから、少しでもカモフラージュしてやろうと思ったのに」
遠藤主任……。
でも、やっぱりこれ以上、遠藤主任と関わって事が大きくなるより、静かにしていた方がいいような気がする。
「お気遣い頂きまして、申し訳ありません。でも、どうしても今日は……」
「いいジャン。少しだけなら、いいだろう? 何だったら飯ご馳走するから、さあ行こう」
エッ……。
「あ、あの、困ります。遠藤主任。ちょ、ちょっと、すみません。離して下さい」
「いいから、いいから。美味い店に、連れて行ってやるぞ」
嫌だ。本当に、離して欲しい。
このままじゃ……。
「しつこい男は、嫌われるわよ? 嫌がってるじゃない」
「イテテテテ……」
見ると、私の腕を掴んでいた遠藤主任の右手首を上に持ち上げて、折原さんが反対側に遠藤主任の手首を向けようとしていた。そのお陰で、私の腕から遠藤主任の手が離れた。
「折原。痛いじゃないか」
「あんたが、なかなか離さないからでしょう?」
「……」
「矢島ちゃんが嫌がってるんだから、遠藤も空気読みなさいよ」
「知るか!」
遠藤主任は、捨て台詞のようにそう言うと、そのまま警備本部を通って行ってしまった。
「身の程知らずの、身勝手な男だこと。大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございました」
「遠藤は、本当にしつこいから気をつけた方がいいわよ」
「はい。すみませんでした」
折原さんのお陰で、遠藤主任に強引な誘いから逃れられて本当に良かった。
掴まれていた腕をさすりながら折原さんと警備本部を出ると、1月の夜はとても寒く、思わず首をすぼめてしまう。
「寒いねぇ」
「本当に、寒いですよね」
夏の暑さも苦手だけれど、冬の寒さも苦手だ。
「あれ? そういえば、高橋と中原は? 今日は、矢島ちゃんだけ先に帰るの?」
「えっ? あっ。は、はい。そうなんです」
「そうなんだ。高橋は、相変わらず忙しそうだね」
「はい。いつも、お忙しそうです」
「事務所に帰って来たと思って暫くしてデスクに行くと、もう姿が見えなかったりするもんね」
「そうですね……」
「まあ、高橋が暇でずっと席に居るようなことがあったら、それ会社の危機だけど」
高橋さんは本当に分刻みで忙しそうで、ずっとデスクに居るということは滅多にない。
折原さんと駅に向かいながら、高橋さんの話になっていた。