(どうして、こうなったの……!?)

 ルシアはそう憤る。
 過去に戻ってから、何もかもめちゃくちゃだ。聖女となってゴードンと幸せな結婚をするはずだったのに、まったくうまくいかない。

(ローズは王太子妃になるって言うのに……どうして、私だけこんな惨めな目に遭わなきゃいけないの!?)

 先日、ルシアはゴードン達がローズに会うために貧民街に行ったと邸の使用人から聞いて、後をつけたのだ。そこで見かけたローズと華やかに正装した元護衛騎士のディランの姿に目を剥いた。

(王子様だって知っていたら、何が何でも誘惑したのに……! ゴードン様みたいな薄情な重病人、たらし込むんじゃなかった……)

 しかし全て後の祭りだ。

(それに、ゴードン様があんなわけが分からない病気を抱えているなんて……詐欺じゃない!)

 しかし、ルシアには他に行く場所はなかった。貧しい両親の元へ戻る気にはなれないし、神殿女官しかしてこなかったルシアでは働き口を探すことも難しい。何より、一時でも元聖女だったというプライドがそれを許さなかった。
 ゆえに今日も邪険にされつつも関係を修復するためにゴードンの元へお見舞いにきたのだが……。
 ルシアに降ってきたのは、水差しの水だった。ゴードンが枕元にあったそれを、ルシアが入室してくるなり投げつけてきたのだ。ゴードンの側にいた治療師が慌てた様子で立ち上がろうとする主を押さえている。

「坊ちゃん、まだ歩けませんよ! 足が凍傷になっているんですから……っ! 絶対安静です!」

「だが、あいつを一発殴らないと気がすまない! 何しに来たんだ、この無能が! うっ……ゴホンッゴホン……」

「お見舞いに来たんです……」

 ルシアは、呆然としてそう言った。
 頭から水を浴びさせられたことがショックだった。ほんの数週間前まで愛をささやいていた相手だ。伯爵夫人になれるなら将来安泰だと思って子供まで作ったのに……。

「お前は聖女としての力もない! ローズ以下だ! どうしてお前なんかにそそのかされて子供を作ってしまったのか……っ」

 頭を掻きむしりながら叫ぶゴードン。
 まるで全てルシアのせいだ、というような言い分に、頭がカッとなる。

「私のせいだとおっしゃるつもり? ゴードン様だってローズが邪魔だとおっしゃっていたではありませんか! 私のせいにしないでくださいませ!」

「なんだと!? このアマ……っ!」

 怒りで顔を真っ赤にさせるゴードン。
 わずかに残っていたゴードンへの情も今は粉々に砕けてしまった。
 ルシアはぎゅっと胸元を握りしめて、涙ながらに叫ぶ。

「ゴードン様は変わってしまったわ! 私に優しかったあなたはどこへ行ってしまったの!?」

 それにゴードンは醜く顔をゆがませて応戦する。

「お前が思った以上に役立たずだったからだ!」

「わ、私だってもっと年を取れば聖力が高くなります……! 今はまだ十二歳だから……そ、そうよ! きっと、あのローズのブレスレットは聖遺物なんだわ。あれさえ手に入れられたら元の時間軸に戻せるはず……。そしたら私は聖女の力を取り戻せます! あんな最弱聖女が私より聖力が強いはずがないもの!」

 ルシアのとっさの思いつきの言葉だったが、ゴードンは喜色満面になる。

「そうか……あのブレスレットが手に入れば、俺は未来へ戻れる! だったら、さっさとブレスレットを手に入れろ! できないなら伯爵家から出て行け!」

「わ、分かりました……」

 ルシアはそう殊勝にうなずき、部屋を出る。
 胸には決意がみなぎっていた。

(もうゴードン様なんて助けてあげないわ。私がブレスレットを手に入れたら、あんな薄情な男は用済みよ。絶対に治療してやらないんだから!)

 苛々しながら爪を噛む。
 問題は、どうやってローズのブレスレットを奪うかだが……。

(そうだわ……あの愚図な女がいたわね。彼女を利用してやりましょう)

 ルシアはエステルの弱みを知っている。あの事をちらつかせればエステルは簡単に言うことを聞くのだ。

(あの元護衛騎士……ディランと言ったかしら? 立太子の際は、宮殿でローズが儀式をするはず。エステルに命じて神殿女官として侵入して、隙を見てローズのブレスレットを狙ってやれば良いんだわ!)