翌日、ローズが宮殿に手紙を送ると、お昼前には慌ただしく国王の書簡を携えた使者がやってきた。

「聖女ローズ様とディラン様にお越しいただきたいとのことです」

 ローズはディランと顔を見合わせて、うなずく。今日はそうなるだろうと思い、予定を全てキャンセルしていたのだ。
 いつも以上に豪華な聖衣をまとい、ディランも護衛騎士の正装して宮殿へ向かう。
 謁見の間に通されたローズは軽く膝を折って玉座に掛ける国王に挨拶した。後ろにいるディランは膝を立てて騎士の礼をしているが、彼にしては珍しく緊張しているのがローズの肌にも伝わってくる。

「イザーク陛下、お久しぶりでございます」

「ああ、ローズ。久しいな。手紙をもらって驚いたぞ。……そちらに控えているのが、私の息子だと名乗っている騎士ディランか」

 さっそく国王から声をかけられて、ディランは顔を上げる。
 その容貌を眺めて、国王は「ほう」と顎ひげを撫でた。

「……ノーラの面影があるな。お前には王族特有の力が発動したと聞いたが……見せてくれるか?」

「承知しました」

 ディランは立ち上がると、目を閉じて虚空に手を伸ばした。すると、ボワッと音を立てて手のひらに炎が生まれて、謁見の間にいた兵士達がどよめく。

「火の魔法だ! 陛下と同じ力だぞ……!」

 そうざわめく周囲に構わず、ディランは炎を消すと風の魔法で人々の髪を逆立たせ、水を生み、剣を氷漬けにし、何もない場所に土を発生させた。

「五つの全属性魔法だと……!?」

 そんな力を振るえる者はこれまでの王族の中にもいなかった。
 国王も隣にいた王女達もひどく驚いた様子で、身を乗り出すようにして見学していた。
 ディランはすっと手をおろして、国王に顔を向ける。

「信じていただけましたか?」

「う、うむ……。祝福の力が使えるのは聖者アシュの血を濃く受け継ぐ王族だけだ。それに、何より手紙でも書かれたいたお前の母親──ノーラのことは私も覚えがある。いつの間にか宮殿からいなくなってしまっていたが……こっそりネルソン公爵領で男児を生んでいたのだな」

 感慨深い瞳で国王はため息を落とす。

「……ローズ、長きにわたり、我が息子を保護していただき感謝する。後にネルソン公爵にも謝礼を送らせてもらおう」

「それでは……」

 息を飲んだローズに、国王は首肯する。そして立ち上がり、その場に集う者達に向かって高らかに宣言した。

「我、イザーク・ビル・ケンイット・イブリースはここにいる騎士ディランを王子として迎えよう! これから、お前はディラン・マクノーラ・イブリースと名乗るが良い。ディラン、歓迎する」

 その言葉が謁見の間に響いた途端、割れるような歓声が広がった。
 待望の王子が王室にやってきたことにほとんどの者達は喜んでいた。

(──でも……)

 ローズは並み居る大臣達の表情を窺う。
 誰しも表面上は笑顔だったが、中には第一王女のフレデリカを女王として掲げ自分の息子を王配にして国の実権を握ろうと目論んでいた者もいるだろう。そういう者達はディランの出現が面白くないに違いない。
 ローズは王の言葉で顔色が変わった数名の臣下達の名前を覚えておくことにした。彼らのそばに手下を紛れ込ませて情報を探らせねばならない。

(おそらく、これから立太子までの間が本番だわ。きっと、ディランを王位から遠ざけようと画策してくるでしょうから)

 ディランが王太子としてふさわしくないと噂を立てるくらいならまだマシで、もしかしたら彼を消そうと実力行使してくるかもしれない。

(……ここで、あらかじめ釘を刺しておきますか)

 ローズは大げさに両腕を広げ、人々に向かって言い放った。

「神の忠実なる使徒である私、パルノア教の聖女ローズ・ネルソンがここに表明いたします! これは父なる神の御意思に違いありません。神殿はディラン・マクノーラ・イブリースをこの王国の王子と認め、支援いたします!」

 さらに大きな歓声とどよめきが場内を走った。
 神殿の長たる聖女がディランを王子と認めたのだ。それはこの国の最大の宗教が後ろ盾になったということで、誰も簡単に彼に手を出せなくなる。不平不満も口にできないだろう。──少なくとも表立っては。

(さあ、神殿とやりあおうとする者はいるかしら?)

 神殿の聖騎士隊の強さは知れ渡っている。何より神と敵対することができる豪胆な者は少ない。
 ディランが嬉しそうな表情でこちらを見つめている。
 ローズは彼の手を握って言う。

「──今度は私があなたを支えるわ。これまでディランがしてくれたみたいに」

 ディランは急に固まって、頭をローズの肩に乗せる。

「ディ、ディラン!?」

 皆の前で距離が近すぎないだろうか、とローズがワタワタと焦っていると、彼はそのまま熱い吐息を漏らす。

「ありがとうございます。……ローズの気持ち、すごく嬉しいです」

「……っ」

 呼び捨てされて呼吸が止まりそうになる。
 子供の頃に戻ったみたいで、ドキッとしてしまった。
 そして、いきなりディランはその場に片膝をつく。

「ディラン!?」

 騎士の時ならともかく、今は王子となった身の上だ。
 それなのに彼が膝をつくことは、王家が神殿に恭順するという意味になってしまう。
 ローズが青ざめていた時、ディランがローズの手を取って真摯な眼差しを向けてきた。

「俺の命はあなたのものです。俺は生涯をかけて、あなたのために生きていきます」

「…………!?」

 彼の言葉の意味を理解した瞬間、ローズは顔を真っ赤にしてしまう。

「え?……そ、それって……」

 まさかプロポーズされたのだろうか。でも、どうして今なのか。いや、真面目な彼らしいと言えば彼らしい気もするけれど……。

「ローズ……俺と結婚してください」

(今、結婚って言った……?)

 固まっているローズに、ディランは照れたような表情で言う。

「愛しています。聖女と騎士でなくなっても、これからもずっとそばにいて欲しいんです」

 じわじわと喜びが湧き上がってきて、ローズは泣き笑いで顔をゆがめた。

「──はい、喜んで」

 周囲からざわめきと歓声が上がる。
 求婚の時なら、男なら誰でも女性に傅いても良いという暗黙の了解があった。なので王子である彼がそのような真似をしても咎める者はいない。
 ローズはディランの手を握り返した。

「……嬉しいわ、ディラン」

 ディランの青い瞳が熱を孕んでいている。

「せっかく神がやり直すチャンスを与えてくださったから……これからは俺があなたを甘やかしたいです。もうゴードンなんかには渡しません」

「……っ……、ディラン……」

 ローズの顔面が燃えるように熱くなった。
 周りから囃し立てるような歓声が聞こえてくるが、そんなものは耳に入らない。

(……私、こんなに幸せで良いの……?)

 嬉しくて涙が出てくる。愛する相手と想いが通じ合うことが、これほど幸せなことだとは知らなかった。