〇東京ビッグサイト内・休日(昼)

多くのサークル参加者とボランティアのスタッフ達で、会場内はにぎやかだった。

美羽「開場前のビッグサイトに入れるなんて…」

両手の指を組んで目を輝かせる美羽。

翔太「み、美羽ちゃん。今日は売り子のお手伝いありがとうね」

黒い帽子に黒サングラス、黒マスクに黒いダウンジャケットに黒いズボンという怪しすぎる格好の翔太がドモりながら言った。

美羽「ううん! 開場前のビッグサイトに入れるなんて感激!」

今まではお客としてしか入ったことがなかったから、美羽は新鮮に感じて周囲を見回す。

翔太「あ、良かった。ちゃんと届いてる。綺麗に仕上がってるな」

翔太は見本紙をめくって同人誌を確認している。

美羽「さ、さすが壁サー」

翔太は壁サークルで、近くにはとんでもない量のダンボールが積もれていた。

美羽「私にも見せて! きゃ〜〜! 素敵!」

ノベルティ(おまけとしてつけるイラフト付き紙袋やキャラがプリントされたコップ)にテンションが最高潮になる美羽。
隣のサークルに翔太と美羽は挨拶して同人誌交換をした後、さっそく美羽は紙袋にノベルティをセットしていく。

美羽「それにしても…ノベルティが大量にあるけど、開場前に終わるかな」
翔太「それなら大丈夫。助っ人がいるから」
美羽「助っ人?」

その時、ゴスロリの格好をした背の高い女性とムスッとした表情の可愛らしい女の子が現れる。

美羽(あ…彼女達って…)

美羽は気付いてしまった。彼女達はいつも翔太のサークルで売り子をしていた女性達だ。

美羽(なんで今まで気付かなかったんだろう)

翔太が彼女達のことをこれまで話題に出したことがなかったから、美羽も失念していたのだ。

フミ「お・ま・た・せ! エロサングラス先生♡ お手伝いにきたよん!」

馴れ馴れしく翔太に絡んでいる女性フミ。ユキは無表情だ。
翔太がフミに絡まれて嫌そうな顔をしていることにホッとしつつも、美羽は翔太と彼女の関係が気になる。

美羽(私は翔太の幼馴染なのに、こんな美女と美少女がそばにいることを知らなかったなんて…)

ショックで黙り込ま美羽。

翔太「美羽? 大丈夫? あの二人は俺の友達で、いつも手伝いをしてくれてるフミとユキだ」
フミ「どうも♡」
ユキ「…こんちは」

愛想が良くスタイルの良いフミと、可愛いが小柄で無愛想なユキ。
美羽は無理やり笑う。

美羽「フミさん、ユキさん、よろしくね」
フミ「こんな可愛い子とお近づきになれて嬉しいわ! さっそくノベルティを片付けましょ♪」

翔太がフミを睨みつけているが、美羽は気付いていない。
慣れた手付きで紙袋にノベルティを入れていくフミに圧倒される美羽。職人の仕事のように丁寧かつ素早い。

美羽(わ…私だって! 私は翔太のアシスタントだもの! ここで遅れを取るわけには…!)

美羽も必死になってノベルティを紙袋に入れた。その様子を見て余裕の笑みを浮かべるフミ。
負けヒロインのように悔しがる美羽。

美羽(あとで翔太に問い詰めなきゃ。彼女とどういう関係なのよ!って)

ある程度開場前にノベルティをセットし終え、間もなく冬コミが始まった。
美羽は翔太と共に売り子、フミは頒布物の補充係、ユキは列整理だ。
開場すると、翔太のサークル前は軍隊のように列ができていて、いつもは並ぶ側だったのに美羽は圧倒されてしまう。

ファン「エロサングラス先生! これ、差し入れです!」
ファン2「前回のイベントの新刊も最高でした」
ファン3「会えて嬉しいです! 握手してください!」

そう言ってプレゼントを渡したり握手してもらって泣き出す女性もいた。

美羽(そっか…翔太は私だけのものじゃないんだ)

自分だって一般参加者の時はエロサングラスに会えた時は感動したし、涙目になっていた。だから彼女達の気持ちがよくわかる。

編集者「私は美空出版の山下ですが、先生にぜひうちで書いていただきたく…」

出版社が営業にやってくる。その対応をしている翔太の姿を見て、美羽は初めて翔太と距離を感じた。
新刊既刊共に完売し、サークルを閉める頃にフミに声をかけられる。翔太は知り合いの参加者に挨拶して聞いていない。

フミ「ねぇ、美羽ちゃんって翔太と付き合ってるの?」
美羽「え!? ち、違うよ…!」
フミ「ふぅん」

否定する美羽にフミは意味ありげな微笑みを向ける。

フミ「のんびりしてたら他の人に取られちゃうよん」
美羽(そんな…)

しかし美羽は先ほどの様子を思い返して、笑い飛ばすことはできなかった。それに目の前には翔太と近しい女性達もいる。

翔太「じ、じゃあ打ち上げに焼肉でも食べましょう。俺のおごりです」

そう翔太が言って、盛り上がる三人。
ただ一人陰鬱な表情でいる美羽。



〇焼肉屋・休日(夜)


美羽は暗い表情。そして焼肉屋でトイレに行くために席を外す。
翔太はサングラスと帽子は外して黒マスクだけの格好。
翔太は美羽を追いかけ、出てくる時に待ち伏せして声をかける。

翔太「み、美羽ちゃん。何かあった?」
美羽「…いや、その…翔太って仲良い女の子が私以外にもいたんだね」
翔太「女の子? ああ、もしかしてあの二人のこと?」

硬い顔でうなすぐ美羽。

翔太「あ〜…気付いてなかったの? フミとは同じクラスなのに」

その翔太の問いに違和感を覚えた時、フミとユキが通りかかる。二人もトイレなのだろう。

フミ「翔太、ここ暑いわ。もう限界」
ユキ「ゴスロリ服って汗かくよね。パットの間も汗すごいから着替えてくるわ」

そう言って男子トイレに入るフミとユキ。

美羽「え? え?」

仰天する美羽に、翔太が意地悪そうに笑う。

翔太「同じクラスの林貴文(はやし たかふみ)だよ。ユキは貴文の弟で、本名は貴之(たかゆき)」

それは美羽の顔を知っている翔太の親友の男だ。

美羽(まさかコスプレ女装していなんて…!)

あまりに女装がしっくりハマりすぎていたので気付けなかった。あまり話したことはないが、クラスメイトだったとは。
唖然としていた美羽だったが、勘違いで嫉妬していたことに気付いて真っ赤になる。

美羽(わ、私…)

赤い顔になった翔太が美羽に顔を近づける。

翔太「ね、ねぇ…、どうして二人が女の子だったら…美羽が不機嫌になるの?」
美羽「そ、れは…」

翔太と視線が絡む。翔太の瞳が熱を帯びる。
黒マスクをズラす翔太。

翔太「…冬コミに間に合ったご褒美をもらってもいい?」
美羽「え…」

翔太は美羽の額にキスをする。

美羽(わ…)

真っ赤な顔で額を押さえる美羽。
翔太も震えていた。

翔太「もう一回しても良い?」

そして戸惑いつつも、うなずく美羽。
翔太は嬉しそうに笑って、美羽の唇に軽いキスをした。