薙野清香の【平安・現世】回顧録

(変な虫って……そんなの絶対あり得ないし)


 ムスッと頬を膨らませながら、清香がチラリと崇臣を睨む。
 けれどその瞬間、小さな嗜虐心が清香の中に沸き起こった。


「……秋は虫たちが元気な季節だからどうでしょうね?」


 ニヒヒ、と歯を見せながら清香が笑う。


(崇臣め、少しぐらいは焦るが良い!)


 正直、崇臣と誰かの間に挟まれるのはもう懲り懲りだし、他の人の手を取る気はさらさらない。けれど、危機感を煽ることぐらいは許されるだろう。
 清香は鼻歌交じりで歩を進める。
 すると、崇臣は少し驚いたような表情を浮かべ、ややして声を上げて笑った。


(……何よ)


 そう思って顔を上げると、崇臣は目を細めて笑いながら、清香の額にそっと口づけた。


「なっ!」


 清香は声を上げ、目を丸くする。
 周囲には清香や東條の通っている学校の生徒達が多数歩いている。空いた方の手で額を押さえながら、清香はパクパクと口を動かした。