薙野清香の【平安・現世】回顧録

(あいつは何度も、私が良いと言ってくれていたのに)


 夫の任国に下るとき、前世の崇臣から何度も引き留められた。
 自分の手を取れと、そう言われた。

 あのとき、素直になれていたなら――――清香の前世はどんなだっただろう?

 けれど、どんなに頑張っても、過去に戻ることはできない。あのときの自分の行動、言動を変えることはできないのだ。


「…………」

「ねぇ清香。俺たちは前世の記憶を持っている。
けれど、未来は誰にも縛られない。――だからね、必ずしも過去と同じ人を選ばないといけないわけじゃないんだよ」


 東條はそう言ってベンチから立ち上がると穏やかに笑った。その表情は国の頂に立つ帝のそれから、年齢相応な高校生のものに戻りつつある。


「だけど俺はね、もしも記憶が戻らなかったとしても、また芹香に恋をしていたと思う。何度でも、何度でも。絶対に見つけ出して、また、芹香に恋をしていたよ」


 東條はそう言って、幸せそうに笑った。


(東條さま)


 清香の瞳に涙がにじむ。東條の芹香への想いが、まるで自分のことのように嬉しかった。