薙野清香の【平安・現世】回顧録

「中宮が亡くなってから、君は確か、夫の任国に下ったんだったよね」

「はい……確か、そうです」


 東條の言う夫とはすなわち、現世の立花のことを指す。
 けれど、清香は夫との日々を殆ど覚えてはいなかった。

 恐らく立花とは、穏やかで変化の乏しい、平和な夫婦としての日々を共に過ごしたのだろう。一応そんな感覚だけは残っている。

 けれど、どんな風に立花と結婚したのか、どんな会話を交わしたのか――――彼との日々の記憶は殆ど残っていないのである。


(だけど、私の運命の人は立花……きっと、そうなんだ)


 前世で彼と結ばれた。その事実は揺らがない。

 もしも前世で一緒になった人間が立花ではない別の誰かだったら、清香の前世の記憶はもっと違っていたかもしれない――――そう思ったことは何度もあった。

 事実、鮮明に思い出せる記憶の中には、前世の夫ではない別の男が生きている。

 それをこの数か月で、清香は嫌と言う程思い知らされていた。