薙野清香の【平安・現世】回顧録

 その次の日も立花は現れた。


「こんにちは。昨日買った本、すごく面白かったから、もう読み終わってしまったんだよ」


 ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて立花が言う。


(……相変わらず、崇臣と真逆な人ね)


 心の中で独り言ちつつ、清香はそっとため息を吐いた。

 前世から無愛想な崇臣に対し、夫はずっと人当たりが良かった。というより、その人当たりの良さにより、過酷な宮廷の波を乗りこなしていたようなものだ。
 

「なんだか俺、清香ちゃんとは初めて会った気がしないんだよな」


 そう言って立花は、照れくさそうに頭を掻いている。


(そりゃ、そうでしょうよ)


 『はじめて会った気がしない』だなんて、本来なら口説き文句の一つとされるセリフだ。だが、清香たちの場合は只の純然たる事実なので、微妙な気持ちになってしまう。清香はムッと唇を尖らせつつ、そっと視線を逸した。


(記憶はなくても、魂に刻まれた何かが残ってるのよね)


 それは予感ではなく確信。前世で関りのあったいろんな人と再会したからこそ、分かったことだった。