薙野清香の【平安・現世】回顧録

「ねぇ君、すごく若いよね? もしかして高校生?」

「……そうですけど」


 予想通り、男は清香へと話しかけてきた。
 あまり顔を上げないようにしながら、清香は控えめに答える。


「やっぱり! 俺は今年、大学に入ったばかりなんだ」


 男はそう言って清香を真っすぐに見た。
 なにか運動系の部活でもやっているのだろうか? 男は崇臣とは違い、えらく筋肉質だ。


(ああ、そんなところまで前世とちっとも変わらない……)


 懐かしさを胸に、清香はゆっくりと目を瞑る。

 前世の彼は、宮廷で比較的位の低い官職に就いていた。出世頭とは言えないものの、一時は前世の崇臣と同じ蔵人所で働いていたこともある。少しばかしデリカシーに欠けるが、明るくて気の良い男だった。


「立花だよ。夏の間何度か会うだろうから、自己紹介しておく」


 男――――立花はそう言って、清香に向かって本を差し出す。それは前世で清香が書いた本を、現代語に訳したものだった。


「……薙野 清香です」

「清香ちゃんね! よろしく」


 立花は会計を済ませると、颯爽と店から去って行った。