薙野清香の【平安・現世】回顧録

 他に客が来たということで、何も知らない崇臣と紫はすぐに店を後にした。


(ふたりとも、さっきまであんなに傍若無人だったくせに)


 こういう所は、存外常識人だったりする。

 あとに残ったのは清香と、前世で清香の夫だった男――――この店の常連客のみだ。

 清香の心臓がざわざわと蠢く。あまりの気持ち悪さに、清香はそっと顔を背けた。


(落ち着け! 相手は私のことを覚えてないんだから)


 男はニコニコと笑みを浮かべながら、熱心に書棚を眺めている。先ほど崇臣が見ていたのと同じ――――平安時代に関する書物のコーナーだ。


(できる限り会話しないように。関わらないようにしよう)


 清香はレジ横に座り、本を読んでいる振りをする。とはいえ、本の内容は全く頭に入ってこなかった。ごくりと唾を呑み込みつつ、怪しまれない程度に男を見遣るという動作を繰り返している。


(でも……あの人が相手なら――――)


 不穏な考えが過った瞬間、男がチラリと清香を見た。