(そうか……そうよね)


 これまでの東條の様子からは、前世の記憶が残っているようには感じられなかった。

 しかも、東條とは幼馴染だという紫が、彼に記憶が残っていると感じられなかったらしい。あんなにあからさまな態度を取っていた紫を、記憶が残っていながら知らんぷりすることは相当難しいように清香は思う。


(ただ、東條さまなら或いは……)


 清香がそんなことを考えていると、唐突に顎が持ち上げられた。長く節くれ立った指が視界の端にチラリと見える。


「……何よ」


 間近で崇臣の吐息を感じながら、清香はそっと視線を逸らした。一度は落ち着きを取り戻した心臓が、再び騒ぎ始める。


「いや、俺のことを忘れているようだったからな」


 ニヤリと笑いながら崇臣が言う。


(まぁ、確かに忘れてたんだけど)


 しかし、それが乙女の顎を掬っていい理由にはならないだろう。清香は思わず、ムッと唇を尖らせた。
 隣では紫が、期待に満ちた眼差しで二人のことを見つめている。