薙野清香の【平安・現世】回顧録

(しかし……常連さんのためにお店を開けてるっておじさんの話は本当だったんだなぁ)


 書店ではずっと、閑古鳥が鳴いている。

 そうじゃなくとも、夏場は元々客足は遠のくものだ。
 汗を掻き、熱中症になるリスクを抱えてまで出かける人は元気のあり余った若者か、余程の本好きだけ。けれど、それを差し引いても、一日にこの店を訪れる客の数というのは極僅かだった。


(まぁ、私は構わないんだけど)


 清香は一冊の分厚い本をそっと撫でる。店主によって大事に手入れされた古い本だ。
 それは、前世で清香が書いた本を、数十年前に学者が考察したものだった。


(むず痒いけど、こういうのと出会えるのが嬉しいのよね)


 ふふ、と小さく笑いながら清香は店内を見回す。

 この店の良さは本の手入れの状態だけではない。
 ジャンルや発刊時期、作者ごとにきちんと仕分けされた棚も、手書きされたおすすめの書評も、店主の人柄を表しているようだった。本への愛情や、思いやりに満ち溢れている空間。それは清香にとって、あまりにも居心地が良い。