薙野清香の【平安・現世】回顧録

 その後、買い物はつつがなく終わった。崇臣に洋服に対するこだわりは皆無だったため、結局清香が選んだものをそのまま購入したためだ。

 そして、今日の目的であるシャツの弁償の行方はというと――。


(結局払わせてもらえなかった)


 清香はムスッと頬を膨らませながら、恨みがましく崇臣を睨みつける。

 崇臣曰く、そもそもシミは洗濯で落ちたうえ、働いてもいない年下に奢られるような趣味はないんだそうだ。


(まったく。それならそうと、先に言いなさいよね)


 そうすれば、こんなふうに二人で街に出かけることはなかっただろう。余程清香と出掛けたかったのだろうか――――そんなことを考えながら、清香はブンブンと首を横に振る。


(実際そうかもしれないけど! なんか自意識過剰感強くていや!)

 思いとは裏腹に、頬は自然と紅く染まっていく。清香はチラリと視線を落とし、それからさらに唇を噛む。

 崇臣の片手には、清香の見繕った服の入った紙袋が。
 そして反対側は――――。


「暑いな」

「……そう思うなら離しなさいよ」


 清香の手がしっかりと握られている。


「残念ながらそれはできん」


 先程よりも強く手を握りなおしながら、崇臣が笑う。ジメジメと暑い夏の日差しの中、固く結ばれた手のひらは、汗ばんでいて気持ち悪い。けれど、清香の心はほんのりと温かかった。