薙野清香の【平安・現世】回顧録

(まったく、どういう風の吹き回しなんだろう)


 清香は小さくため息を吐きながら、諦めて芹香と東條を目に焼き付けることに集中した。握ったままの拳が、しっとりと汗をかいていく。


(手頃な彼女でも作りたかったのだろうか)


 チラリと崇臣を見上げながら、そんなことを考える。
 崇臣は主に東條の家の内向きの仕事をしているという。たまに本社に出向いているらしいが、女性との出会いは多い方ではないのだろう。元々そんなに外交的な性格ではないのだから、なおさらだ。
 そこで唐突にもたらされた、手頃な存在である清香を、恋人の対象と思い定めたのかもしれない。それ自体は不思議ではない。


(でも残念。この時代の女子高生に手を出すのはリスキーなんだからね)


 前世では清香の年齢はとっくに結婚適齢期、寧ろ行き遅れだった。けれどそれは、現世では違う。親の庇護下にある年齢だし、手を出せば刑法に引っかかって捕まる危険すらあるのだ。


(ちっとも手頃じゃないんだから。それをそろそろ分かって欲しいものだわ)


 目の前では、初々しい高校生カップルが仲睦まじく微笑み合っている。それをただ穏やかに見守ることができれば、清香はそれだけで幸せだというのに。
 崇臣の手が、清香の強く握られた拳を解いていく。解かれた手は、そのまま崇臣の手のひらの中におさまり、しっかりと繋ぎなおされた。