「副社長、私は本当に大丈夫ですから」
「いいからついて来い」

ずぶぬれの服で廊下を歩きながらも「大丈夫です」を連呼する坂本望愛に、つい強い言葉が出てしまった。
大体、何で倒れてくる氷に向かって飛び出そうなんてするんだよ。
おかげで下敷きになりかけた女性は助かったかもしれないが、自分が危ない目にあったのでは元も子もないだろう。

「痛っ」
「え?」

苛立ちが、無意識のうちに俺の歩を速めていたのだろう。
引っ張られていた彼女が右足を引きずっていることに気が付かなかった。

「ケガをしたのか?」
「いえ、ちょっとくじいただけで、大丈夫です」

でた、またいつもの『大丈夫』。
これを聞くたびに俺はイライラする。
ここがよそのホテルでなかったら、人目がある場所でなかったら、きっと俺は怒鳴り出していたことだろう。
しかしここではそんな暴挙に出ることもできない。

「とにかく部屋まで行こう」

俺は彼女の横まで戻ると、ひざ下と背中に手を回した。

「ちょ、ちょっと待ってください」
「うるさい、黙っていろ」
「そんな、副社長っ」

いきなり体を抱え上げられた彼女の慌てふためいた様子がなぜか面白い。
俺は笑いたいのを必死にこらえて、廊下を進んで行った。