暴君CEOの溺愛は新米秘書の手に余る~花嫁候補のようですが、謹んでお断りします~

「あら、一条コンツェルンの未来の奥様を怒らせたかしら?」
まるで周囲に聞こえるように言う綾香さんの声に、その場にいたお客さんたちの視線が集まる。

「あなた何を言っているのよ。ふざけるのもいい加減にして」
相当頭に来たのだろう、桃ちゃんが綾香さんを肩をポンと突いた。

ドン。
ガチャン。
そんなに強く押したはずではないのに、綾香さんが床に倒れ込みグラスが床に落ち割れる音が響く。

「ヒドイ、何するのよっ」
それは涙ぐんだような叫び声。

これは演技だ。
瞬間的にそう感じたけれど、周囲の注目を集めてしまっている以上どうすることもできなくて、私は立ち尽くした。

「お客様、どうなさいました?」
当然のように店のスタッフが現れた。

「大丈夫です、この人が勝手に転んだだけですから」
「そうですよ、因縁をつけてきたのはこの人ですからね」

桃ちゃんも美愛も全く引く様子は見えないけれど、目の前でシクシクと泣き続ける綾香さんの方が周囲の同情を集めている。

「あの・・・」
男性スタッフは完全に困惑顔だ。

困ったぞ。
ここまで『一条コンツェルン』を連呼すれば周りに人にだって印象に残る。
こんなところで悪いうわさが広がって、創介に迷惑をかける訳にはいかない。