「悪いけれど、副社長のところに行ってくれるかな」
「え、何かありましたか?」

もうすぐ副社長出勤の時間。でも、今朝は取り立てて来客の予定もないはず。
昼前には管理職の定例会議が入っているけれど、揉めそうな事案があるとは聞いていない。
一体何があったんだろう?

「朝一で企画部の部長たちがやってくるはずだ。実は夏に予定しているイベントの進捗がうまくいってなくて報告にくるんだが、きっと副社長は怒りだすだろうと思うから、部長たちが来たら坂本さんにも同席して欲しい」
頼むよと言いたそうな課長。

毎年夏になると、お盆や夏休みをめがけて様々なイベントが行われる。
特に今年は一条プリンスホテル創業一〇〇周年の記念の年で多くの企画があるらしいけれど、きっとその中の一つのことだろう。

「私が同席しても何の役にも立ちませんが・・・」
「大丈夫、そこにいてくれるだけでいいんだよ」
「はあ」
そんなこと言われたって・・・

普段から不愛想で口数も多くない副社長だけれど、対外的には寡黙で冷静沈着な仕事のできる若き経営者と思われている。多くを語らないところがまたミステリアスでもあり、その整った見た目も手伝って特に女子たちからはけっこう人気があったりもする。
しかし、それはあくまでも外に向けた仕事上の顔。
話しが社内のこととなると露骨なくらい感情が表に出てしまい、強い言葉やわがままな態度はまるで子供のようだ。
どうやら今回もその暴君モードが発動してしまいそうだってことらしい。