新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

嘘……。
そんなこと、できるの?
「そ、そんなこと、高橋さんも私もしてないですよ」
思わず、ムキになってしまった。
「だから高橋さんは、なるべく怪我した時のことを、敢えて矢島さんと話さなかったと思う。あまりにも話が上手くできすぎていると、かえって上から怪しまれることもあるから。でも今回、警備本部の人に矢島さんが怪我をした時間を記録しておいてもらったってことが、いちばん立証の条件としては良かったんじゃないのかな?」
そんな……。
高橋さんは、私の怪我の労災を認めてもらうために……。
「私、何度も高橋さんに問い質してしまいました」
「きっと、高橋さんも板挟みで大変だったのかもしれないね」
どうしよう……。高橋さんに、酷いことを言ってしまった。
「それに……」
エッ……。
ま、まだ、何かあるの?
「それだけの面子を揃えて面接するっていうのも、相当高橋さんが裏で動いたと思うよ。 絶対、みんな忙しい人達ばかりだから」
「どうして、そんなことまで……」
そんなにまでして月末の忙しい時に、高橋さんは動いてくれていたの?
「よく考えてみて? 何度も何度も面接して、同じ質問をその都度、矢島さんがされるより、いっぺんに聞かれた方が結果的に楽でしょう?」
高橋さん……。
「高橋さんのことだから、きっとそこまで考えてたんだと思うよ」
「私……」
何も……何にも、理解してなかった。
会社の仕組みも、組織のことも……。
「ほら、FAX来てるよ」
中原さんが、FAXで来ていた書類をわざわざ私の席に持ってきて目の前に差し出してくれた。
「まあ、高橋さんに感謝だね?」
中原さんは、私の肩を叩いて席に戻っていった。
謝らなきゃ……。
人事に異動させられるとばかり思っていたから、高橋さんに酷いことを言ってしまった。

そして、月初の1日いうこともあり、仕事も割と早めに片づいて退社時間になった。
「俺、今日急ぐので、お先します」
中原さんが、席を立った。
「お疲れ様」
「それじゃ、矢島さんもお疲れ」
「あっ、お疲れ様でした」
そう言って、中原さんは急いで事務所から出て行った。
「じゃあ、帰るか」
「は、はい」
帰り支度をしながら予期していたとはいえ、高橋さんに言われて凄く心臓の鼓動が急激に速くなってきていた。
高橋さんが、いつものように事務所の鍵を警備本部に返して、地下2階の駐車場に向かう。別に何がどうこうしたというわけでもないのに、いつもにも増して緊張しるせいか、指先が冷たくなってしまっている。
高橋さんが、車をエレベーターホールの前に横付けしてくれた。