新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

「それが……。私の怪我の件で、労災にするとか、しないとか……」
はっきり言って、私にもよくわからない。
「そうか。1度退社しているから、通勤途上の事故になるからだ。もしかして、揉めなかった?」
「通勤途上の事故って、何か問題があるんですか?」
何が問題なのかも、さっぱりわからない。
「それって、結構大変なんだよ。仕事中だったら全く問題ないんだけど、ID感知させて一旦会社を出てからの事故って、立証も難しいんだ。その企業にもよるんだけど、簡単に労災だと認めてくれる会社もある。だけど、うちみたいに従業員数の多い会社はそれだけ事故も多いし労災発生率も高いから、自然と上としてはできれば労災にはしたくないって気持ちが働くんだ。だから、仕事中じゃない通勤途上とかの場合だと、駄目とは頭ごなしには言わないけれど、それとなくやんわり労災にしなくてもいいよな? みたいな感じで 上司が聞いてくるんだよね」
そうなんだ。知らなかった。
「でも、別にそれだったら私、労災じゃなくても、良かったんですが……」
そんなに大変なことなら、本当に労災じゃなくて良かったのに。
「それは、違うよ」
「えっ?」
中原さんが、少しきつい口調になった。
「矢島さんは、偶々、言い方悪いけど、怪我が軽くて済んだからそんなことが言えるんだよ。これが、もし、万が一、後遺症が残ったりとか、もっと重症で生き死に関わることだったらどうする?」
「そ、それは……」
そんなこと、考えたこともなかった。
「だからこそ、矢島さんの為というよりも、きっと高橋さんは、同じ会社で働く人間として会社側と闘って、はっきりさせたかったんじゃないのかな?」
そんな……。
「でも……。でも、そんなに大切なことだったら、高橋さんは何で最初から私に話してくれなかったんですか? ちゃんと話してくれていれば、私だって……。高橋さんに聞いても、何も応えくれなかったし、教えてもくれなかったんです」
そう……。聞いても、何も教えてくれなかった。
「怪我した現場に、一緒に居たからだよ」
「えっ? でも高橋さんが居て下さったから、警備本部の人に時間の記録を残しておいてもらえたんですよ? それなのに、何故ですか?」
確かに、高橋さんは私が転んだ時、一緒に居た。
「これが、他の部署の人とかだったら、また少しニュアンスが違ったのかもしれないけど、 高橋さんは、矢島さんの上司でしょう?」
「はい……」
高橋さんは、私の上司だ。
「近過ぎるんだよ」
「近過ぎる?」
「つまり、怪我をした時、一緒に居たわけだから、それを上手く利用してお互い口裏を合わせれば、労災に持っていけちゃう場合だってあるってことなんだ」