新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

大きな高橋さんの背中……。その背中に隠れてしまって、遠藤主任の姿が私からは見えない。
「遠藤。俺の部下に、何か用か?」
「いや、別に……」
遠藤さんは、しらっとそう言ってドアを開けて階段の踊り場から出て行ってしまった。
「ほら、行くぞ」
ボーッとしていると、高橋さんは振り返りながらそう言って、遠藤さんが出ていったドアをもう1度開けて、先に行くよう左手を私の腰の辺りに触れないながらも誘った。
「あ、あの……」
私の声に、エレベーターを待ちながら書類を見ていた高橋さんが振り返った。
「遠藤さんとは、お知り合いなんですか?」
「同期だ」
同期?
高橋さんと遠藤主任が、同期だなんて知らなかった。
だって、遠藤主任は主任で、高橋さんは……。あっ、高橋さんは、係長? 課長? 確か、名刺には経理部会計監査担当長兼公認会計士と書いてあったはず。経理の各担当長は、みんな部長だから……だとしたら、高橋さんも部長? 今度、折原さんに聞いてみよう。
「そ、そうなんですか。でも、何で此処に居るって分かったんですか?」
「ただ、階段で行こうとしただけだ。偶然?」
偶然って……。
あっさり、そう言われてしまった。
別に、捜してくれたわけじゃなかったんだ。でも、そうだよね。きっと、先に事務所に帰っていると高橋さんは思っていたはずだから。
でも、助かった。あのままだったら、本当に大変だった。
ふと、エレベーターに乗っている最中、いったいさっきの人事の面接は、何だったんだろう? と考えていた。労災がどうのって、言っていたけれど……。
エレベーターが22階に着いて、高橋さんが先に降りるようにと開のボタンを押してくれていたので、エレベーターを先に降りた時だった。
「今日、帰り時間あるか?」
エッ……。
驚いて、振り返って高橋さんを見た。
「どうなんだ?」
「あっ、はい」
「じゃあ、ちょっと付き合え」
「は、はい」
ちょっと、付き合えって?
そして、高橋さんは何事もなかったように、私の横を通って事務所に向かって先に歩いて行ってしまった。
高橋さん
ちょっと付き合えって……。何だろう?
色々な思いが頭の中を巡りながら、高橋さんの後ろ姿を見つめていた。
事務所に戻って私が席に着くのと、入れ違いに高橋さんが書類を持って出て行こうとしていた。
「じゃ、中原。会議に行ってくるから、頼むな」
「はい。行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい……」
さっきのエレベーター前でのことが思い出され、少し気恥ずかしくて、高橋さんの顔を見られずに声だけかけた。
「どうだった?」
エッ……。
「そ、それがですね。もう、大変だったんです。偉い人ばっかりで、もの凄く緊張しちゃって……」
「偉い人ばっかり?」
中原さんが、目を通していた書類から顔を上げた。
「そうなんです。人事部長、労務の部長に総務部長。それから、法務担当の人と……。多分、部長だと思うのですが。後、庶務部長も同席されていました」
「そりゃ、また凄い顔ぶれだね。それで、何の話だったの?」
中原さんは、目を丸くして先ほど出席してた人の名前の羅列を聞いて驚いていた。