新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

「しかし、通勤途上の事故に関しては、立証がなかなか難しいと思うんだがね」
労務の部長が、高橋さんの説明を否定するようなことを言っている。
「ですから、IDカードを感知させた時間と怪我をした時間からいって、10分という時間は、 寄り道等は考えられないということにはなりませんか?」
私が寄り道?
あの日は、寄り道なんかしていない。
「でも、怪我もそう大したことないみたいだし……」
怪我は、本当に大したことはないと思う。捻挫だけで済んで、本当に良かった。
「そういう問題でしょうか?」
エッ……。
高橋さんの声のトーンが、少し低くなった気がした。
「怪我の程度の問題ではないと思います。仮に、矢島さんは捻挫で済みましたが、これが骨折等で入院になってしまうケースもあるわけですよね」
凄く……凄く、高橋さんの声が低くて、何だか畳みかけるような感じがする。
「その時は、その時で。また状況に応じて……」
「それは、総務部長。おかしいと思います。怪我の程度で、労災扱いにする、しないを決めるべきではないと思います。確かに、通勤途上の怪我に関しての労災認定の立証は、その時と場合によって難しいかもしれません。しかしながら、今回のようにIDカードを感知した時間と事故発生時間が明確な場合は、立証出来ると思うのですが?」
高橋さんが、言っていることの意味するもの。それは……。
「では、高橋さんは労災認定をしろと?」
この面接は、私の今回の怪我が、労災かどうかを巡っての話なの?
「通勤途上に発生したことと歴然としているものを認めないのは、労災隠しにあたると思われますが、人事部長。如何でしょうか?」
高橋さんは、人事部長を見た。
私は、ただ、ただ、偉い人達の会話の中で、私の怪我のことで話をしているということは分かるが、難しいことは分からないので、話している人を目で追って聞いているだけしかできない。人事に居たにも関わらず、労災のことは全くといっていいほど知識もなければ扱った経験もないので、椅子に座っていながらも、まるで人ごとのようにふわふわと身体が緊張のあまり地に着いていないような感じだった。