寄るところがあるって、言ったのに。
「すみません。せっかくですが、寄りたい所があるので……」
「フッ……。お前のそんな見え透いた嘘なんて、通用しないぞ?」
う、嘘。
思いっきり首をすぼめて、小さくなってしまった。
「足もまだ完全じゃないんだし、真っ直ぐ帰れ」
「はい……」
見え透いた嘘と見破られ、高橋さんの車で送ってもらう事になってしまった。
いつもの帰りとは打って変わって沈黙が続き、車の中は何だか気まずい雰囲気だ。
昼間、遠藤主任と話していた時は、高橋さんといる時は黙ったままでも、まったく気まずくないなんて感じていたけれど、こんなことになるとは思ってもみなかった。
「足の具合は、どうだ?」
高橋さんが、そんな空気の沈黙を破った。
「お陰様で、だいぶ痛みもなくなってきました」
「そう。それは、良かったな。流石に、ヤブ医者明良でも専門だけは確かだな」
明良さんのことを、そんな風に言ってる高橋さんの言葉にも無反応になってしまっていた。
何だか、笑える気分にもなれない。
そんな私の態度を不審に思ったのか、高橋さんが信号待ちでこちらを見た。
「何か、あったのか?」
そんな優しい声で、聞かないで。
もうすぐ、異動で私を人事に帰すかもしれないのに、何故、そんな風にポーカー・フェイスで言えるの?
「いえ……。別に、何もないです」
なるべく、いつもどおりに……冷静に。そして、一語一句に全神経を集中させて、感情のこもっていない言葉を並べる。
「そうか。それならいいが……」
しかし、高橋さんも、それ以上のことは聞いて来なかった。
角を曲がり、私のマンションが見えてきたが、何故か、マンションの少し手前で高橋さんが車を停めた。
此処で降りた方が、いいのかな?
バッグを持って、シートベルトを外した。
「はあ……」
エッ……。
高橋さんが、珍しく思いっきり大きな溜息をついた。
どうしたんだろう?
降りようとしてドアの方を向きかけていた私は、何ごとかと思って運転席に座っている高橋さんを振り返った。
うっ。
凄く冷たい目。
漆黒の暖かみのない、冷淡なその瞳が私を捉えている。
思わず怯んでしまいそうになって、奥歯をグッと噛みしめた。
「お前……。何か、おかしいよな?」
エッ……。
意表を突かれ、素早く瞬きを数回してしまった。
まずい……。このままだと、また悟られてしまう。
「何が……ですか?」
胃が圧迫されたように キリキリと悲鳴をあげている。
「午後から、何だか変だった」
嘘。気づかれてた?
「あの……」
私、今、何を聞こうとしてる?
駄目。聞いちゃいけない。
聞いたところで何の解決にもならないし、高橋さんは逃げも隠れもしない人だから、きっと事実を突きつけられて、返って打ちのめされるだけ。
「私……」
聞いたら駄目と言い聞かせても、どうしてもこのまま聞かずにはいられなかった。
「ん?」