「それじゃ、おやすみ」
高橋さんはそう言って運転席に乗ると、1度だけ手を挙げて行ってしまった。
高橋さん……。
宮内さんのことを気にしながら部屋に入ったが、シャワーを浴びながら、ふと高橋さんの唇が私の唇に触れたことを思い出して、今更ながらドキドキしてシャワーのお湯を思いっきり顔面に浴びせた。

週末は、明良さんや高橋さんに言われたとおり、安静にして何処にも出掛けず家で過ごし、月曜日、宮内さんとのことがどうなったのか気になって少し早めに出社したが、高橋さんは特にそのことには触れず、いつも通りに仕事が始まり、週明けで朝からてんてこ舞いになりながら、やっと遅いランチにありつけた。
社食で1人で食べていると、そこに総務の遠藤主任がやってきた。
人事に居た時、総務は同じフロアだったので、総務の人とはよく顔を合わせることも多かったので知っていたが、どうもこの人は苦手だった。
「此処、空いてる?」
「あっ、はい。どうぞ……」
ランチのピーク時間を過ぎてしまっているので、席も空席が多かったが、まさか断るわけにもいかず、苦手な遠藤主任と一緒に食事をすることになってしまった。
「最近、どう?」
「はい?」
遠藤主任の言っていることが、何を意図しているのか分からない。
「ほら、仕事とかさ……。忙しいの?」
ああ、そういうこと。
「はい。月末なので、忙しいですね」
やっぱり、今でも何となく遠藤主任は苦手だな。どうしても、会話が途切れ途切れになってしまう。
高橋さんと話していても、元々、高橋さんは、おしゃべりではないのであまり会話はないけれど、それでもそんなに違和感も覚えないし、むしろ沈黙があっても心地よい静寂に感じることすらある。
「そう言えば……」
エッ……。
遠藤主任が、こちらをジッと見つめた。
な、何?
「お前の上司、最近毎日のように頻繁に人事と総務に来るけど、何かあったの?」
「えっ?」
そう言えば、この前の会議の帰りにも高橋さんは総務に寄るって言ってた。人事と総務は 同じフロアにあるから、きっと遠藤主任も総務だから高橋さんを見かけることがあるんだろう。
「そうなんですか?」
どうして、そんなに頻繁に高橋さんが総務や人事に行ってるんだろう?
「もしかして……」
急に、遠藤主任がテーブル越しに身を乗り出してきた。
「お前、今度の人事異動で人事に戻されるんじゃないのか?」
「えっ?」