新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

そうだ。
1人だけれど、宮内さんに内線で連絡するには、今がチャンスかもしれない。
そう思って、机の引き出しの奥にしまってあった、宮内さんから強引に手渡された名刺を出して、そこに書いてある内線番号に電話をした。
宮内さん。席にいるかな。ランチに行っていて、いなかったら嫌だな。また後で、電話しなくちゃいけないし……。
「はい。営業2課です」
「会計監査の矢島と申しますが、お世話になっております」
「こちらこそ」
「あの、宮内さんは、いらっしゃいますか?」
「はい。少々、お待ち下さい」
良かった。宮内さんが席にい……。
名刺を見ながら、何となく聞かれたくなかったので聞こえないように小声で下を向きながら電話をしていたが、椅子を引く音がしたので中原さんが帰ってきたのかと思って驚いて顔を上げると、中原さんの席には誰もいなかった。
エッ……。
しかし、誰かの姿が視界に入っていて、恐る恐る視線をその奥の高橋さんの席に移すと、そこには高橋さんが立って机の引き出しを開けていた。
嘘。
どうしよう……。
もしかして、今の電話、聞かれてしまった?
「お電話代わりました。宮内です」
受話器の向こうから、宮内さんの声がしている。
高橋さんが傍にいて、受話器の向こうからは宮内さんの声。
もう、どうしていいか分からなくなって、慌てて電話を切ってしまっていた。
「あ、あの……」
「忘れ物」
「そ、そうですか」
『忘れ物』 とだけ言われて、それだけで何だか全身の力が抜けて椅子の背もたれに思いっきり背中を預けた。
良かった。聞こえてなかったみたい。
煩いぐらいの心臓の鼓動を沈めようと、大きく深呼吸した途端、いつも以上の息を吸いこんでしまったのか、タイミングが悪かったのか。息を吐き出す時にむせてしまい、咳き込んでいるところに電話が鳴ってしまった。
ハッ!
もしかして……出なきゃ。
あっ……。
咳き込みながらも急いで受話器を取ったが、間一髪のところで高橋さんが取ってくれてしまっていた。
「はい。ああ、こんにちは。いますよ。少々、お待ち下さい」
まさか……。
「矢島さん。1番に営業2課の宮内さんから」
もう、最悪だ。
「あ、ありがとうございま……」
高橋さん?
そう言いかけた私の声を聞くか聞かないうちに、高橋さんは行ってしまった。
高橋さん。時間がなかったのかもしれない。その背中を見送りながらホッとしたようで、それでいて何となく不安な思いに囚われたが、直ぐに我に返って待たせていた宮内さんの電話に出た。