新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

高橋さんは、その準備と交渉のためにニューヨークに2年ちょっと行っていた。素人の私でも、直ぐに導入出来るとは到底思えないことぐらいは分かる。それなのに、何でわざわざ説明の途中で……。
「しかしだな。ゆくゆく肩を並べた時、今までのように必ず金額や路線で負けるんじゃないかね? そうしたら、いくら格安運賃だからといっても、後から参入してきた時点で立場は逆転するんじゃないのか? そうしたら、せっかく今までやってきたことが、意味のないものになる」
意味のないものだなんて……。
それじゃ、高橋さんが今までやってきたことは、意味がなかったっていうことなの?
そんな……そんなはずない。
隣に座っていた総務のアシスタントの人が、私の顔をジッと見ているのが分かった。けれど、何となく悔しくて、視線を合わせることはしなかった。
高橋さんがやってきたことが、無駄だったなんて絶対ない。そんなこと、絶対……。
「高橋君。もし、先方が参入してきたとして、どれぐらいの差額が生じると思う?」
「そうですね。基準といいますか、何処を、何を重視するかでも変わってくると思いますが、もし基本を全て同じにされた場合、1000円単位の差違だと思われます」
「それしか違わないのか? そしたら、今までの国内線運賃の例をとってみても、我が社は不利なんじゃないのかね?」
営業部長は、流石に直接航空チケットの販売にも関わっているだけあって詳しいせいか、今までの経験上、よく分かるのかもしれない。
「お言葉ですが……。慣例と過去の集計結果は、参考にはしておりません」
「ハッ? どういうことだね」
高橋さん……。
また会議室内が、ざわついている。
高橋さんのひと言で、出席者は一様に驚きと戸惑いの声を上げていた。
「この先、LCCに各航空会社が参入してくることは想像に値します。しかし、ライバルは他の航空会社ではないと考えています」
「ほう。というと?」
社長が、身を乗り出して高橋さんに問いかけた。
「はい。先ほど申し上げましたように、同業社間の差額は、どう見積もっても1000円単位の差違ですので、さほど影響はないと試算できます。逆に、我が社の方が先にスタートをするわけですから、後から参入してくる航空会社に関しましては、顧客獲得のためには当初、ある程度の期間、売り上げを度外視した特典を付けなければなりませんから、何処かで無理が出てくる可能性もあります。期間限定で導入したサービスが終了した時点で、また顧客は選択の余地が生まれますから」
「勝負は、それからということかね? そんなことは、誰でも分かりきってる」
さっきから聞いていると、この営業部長の言い方は、何か棘のある言い方に聞こえる。
「いいえ。国内線のLCCも、今後、当然視野に入ってきます。その時点で、新型航空機導入に併せて、国内線のLCC導入にあったっての最重要課題である運賃の比較対象は、新幹線運賃、高速バス、マイカー利用にかかる高速道路料金がターゲットになってくると考えています」