新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

「ああ。ベルガモットはアロマにもある、あの柑橘系のものだ」
「そうなんですか。知らなかったです。アールグレイに、ベルガモットが入ってるなんて」
「フッ……。やっと泣き止んだな」
あっ……。
「それ飲んで、気持ち落ち着けてろ。ちょっと、シャワー浴びてくるから」
シャ、シャワー?
「うわっ。あつ……」
「ハッ! お前、何やってるんだ。火傷しなかったか?」
「はい。大丈夫です。す、すみません」
いきなり高橋さんが、シャワーとか言い出すから焦ってマグカップを斜めにしてしまい、左手に紅茶が少し掛かってしまった。
「ほ、本当に、すみません。あの、今、拭きま……」
「お前は、大人しく座ってろ」
「でも……」
「いいから、これ以上、何もするな」
「はい……」
指をさされて念を押されてしまい、大人しく座っていると、高橋さんが床にこぼれた紅茶を拭いてくれていた。
「お前さあ……」
「はい」
床を拭きながら高橋さんが横目でこちらを見たが、その表情は何だか冷ややかだ。
「今、エッチなこと、考えてなかったか?」
エッ……。
「そ、そんなことないです。な、何、言ってるんですか? 高橋さん」
「そうかあ?」
すると、高橋さんが中腰で、私の顔を覗き込んできた。
ち、近過ぎですってば、高橋さん。
「ち、違います。あっ……」
近過ぎる高橋さんの顔を、まともに見られずに視線を逸らせていると、思いっきり左手で鼻を摘まれた。
「ダ・ニ・ス・ル・ン・デ・ズ・ガ」
「ブッハッハ……。お前、誰だよ?」
鼻を摘まれたまま声を出したので、酷い鼻づまりの誰だかわからないような声になってしまい、その声を聞いた高橋さんに大笑いされてしまった。
「もう、高橋さん。からかわないで下さい」
「牛か?」
はい?
牛って……。
「もう、何なんですか? 高橋さん。牛って……」
「本当のことを言ったまでだ。もう、もう、言ってるから」
もう、もうって……。
「高橋さん!」
「はい」
うわっ。
間近に迫られて真顔で返事をされると、言葉に詰まってしまう。
この綺麗な瞳の色が時に漆黒になると、視線を外すことなく獲物を捕らえようとしている黒豹のよう。この漆黒の瞳を何度も見たことがあるが、仕事中に見せるあの瞳は、奥に秘めた志と自信に満ち溢れていて、誰も止めることは出来ない雰囲気を醸し出している。とても今、見せている優しさと悪戯っぽく笑う高橋さんの瞳とは大違いだ。
「何でしょうか? 矢島さん」
「あ、あの……」