新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

買ってきた時はクリアで透き通っていた氷が、時間が経ったせいか少し曇って白く見える。
あの真っ白な 【貴博へ】 と書かれた封筒の差出人は、ミサさんだった。だけど、高橋さんは封を切っていないのは何故なんだろう? 忘れられない人からの手紙なのに。
ミサさんだったら……。
高橋さんが忘れられないと思うと言ったミサさんだったら、具合の悪い高橋さんに直ぐに気づいたかもしれない。私は……気づけなかった。
掴んでいた手の中の氷が少しずつ溶け出して、手を開くと溶け出した氷の周りを包んでいた水滴が掌から幾重にもなって伝いながらシンクにこぼれ落ちていった。
直ぐ傍に居るのに、掴もうとしてもこの氷のように掌からすり抜けていく。
アイスバッグをシンクの中に置いて、両手で掴んでいた氷から溶け出す水滴が下に落ちないようにしながらジッと見ていると、涙が零れていた。
「どうした?」
エッ……。
見ると、高橋さんがキッチンの入り口に立っていた。
「す、すみません。今、直ぐ持って行きますから。ごめんなさい」
慌ててアイスバッグを持って氷を掴んで入れながら、泣いているところを見られないように、高橋さんの方に背中を向けながら必死に下を向いて誤魔化した。
「お前、手が真っ赤だぞ。さっきから何度もやってくれてるし、冷たいだろう?」
「だ、大丈夫です。私のことは心配いりませんから、高橋さんはゆっくり休……」
すると、高橋さんが後ろから両手を回して、濡れている私の両手を握った。
「こんなに冷たくなって……」
「ほ、本当に、大丈夫ですから。高橋さんは、寝てて下さい」
「何故、泣いてる?」
エッ……。
私の両手を握ったまま、高橋さんの声が耳元で聞こえた。
高橋さん……。
背中から高橋さんの体温を感じながら、黙って首を振る。
その弾みで落ちた涙が、高橋さんの手首に小さな透明のTeardropを作った。
「言わないと、分からないだろう?」
背中に感じる高橋さんの体温に安堵感を覚えながらも、心配そうな高橋さんの声に余計自己嫌悪に陥ってしまう。
「すみません。ほ、本当に、何でもな……」
後ろから私の両手を掴んでいた高橋さんの腕の中からすり抜けようと試みたが、それは無駄に終わり、逆に高橋さんと向き合う形になって、すっぽり高橋さんの腕の中に収まってしまっていた。
「泣くな。言っただろう? 女性に泣かれると、弱いって」
ミサさんが、よく泣いていたからだろうか。