新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

「はあ……」
すると、高橋さんが力が抜けたようにシートに背中を押しつけ、まるで脱力感でいっぱいのように見えた。
「あの、高橋さん。大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だ」
そう言いながら、高橋さんがポケットから振動している携帯を取り出した。
「もしもし……。ああ、ちょうど良かった。今、何処だ?」
誰かと電話をしている高橋さんを見ながら、何か様子がいつもと違う気がしていた。
ずっと、心が落ち着かなかったので気づかなかったのかもしれないが、何かいつもの高橋さんと違うように見える。
そう言えば……。接待の時も、殆どお酒は飲んでいなかった。
「今、空港にまだ居る。悪いが、矢島さんを家まで送っていってくれるか?」
エッ……。
何?
『家まで送っていってくれるか』 って、どういうこと?
「途中まで行く。ああ、まだ大丈夫だ……分かった。じゃ、後で」
電話を切ると、高橋さんがこちらを向いた。
「途中まで明良が来るから、悪いが明良に家まで送ってもらうから」
「えっ? あ、あの……そんな申し訳ないです。わざわざ、明良さんに来て頂くなんて。私、電車で帰れますから。本当に、大丈夫ですから」
きっと、高橋さん。いろいろ忙しいんだ。
「いいから、心配するな」
「でも……」
明良さんが、途中まで迎えに来てくれるなんて滅相もない。
すると、高橋さんが私の頭を左手で撫でた。
「こんな時間に、1人で帰す方が気が重い」
高橋さん……。
時計を見ると、22時半を廻っている。
高橋さんが車のエンジンを掛けながら、大阪の空港で飛行機の時間のギリギリまで仕事をしていたこともあって、搭乗手続きをした後、時間短縮で従業員通路を通って搭乗ゲートまで向かったため、いちいち見せるのが面倒だったので社員IDカードを首から提げていたが、首からそれを外してカードをワイシャツのポケットから出すと、運転席と助手席の間に置いた。
「で、でも、まだモノレールも電車もありますから。あの、トランク開けて下さい」
言いながら助手席のドアを開けて車から降りようとしたが、高橋さんに腕を掴まれてしまい、その拍子に膝の上に置いていたバッグのファスナーが開いていたため、バッグの中身がフロアシートの上に散乱してしまった。