新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

でもタクシーで帰ればいいと思い、黙って2人の会話を聞いていた。
「俺、これからデートなのよん。陽子ちゃん。ごめんね。送ってあげられなくてぇ」
「あっ、いえ……大丈夫です。タクシーで帰れますから」
その方が、明良さんだって楽だろう。まして、これからデートだったら尚のこと。
「お前……填めただろ? 何、企んでんだよ」
「それじゃあねぇ」
「明良。おい! ちょっと、待てよ」
お礼を言う暇もなく、明良さんは、あっと言う間に出て行ってしまい、残された形になった私は、何とも気まずくて高橋さんの顔をまともに見られない。
しかし、居たたまれず、明良さんと自分のカップを片付けようとして立ち上がって、ゆっくり歩きながらキッチンへと向かった。
「お前、どうする? 俺、酒飲んじゃったから、もう運転出来ないし……」
「あの……大丈夫です。タクシーで帰りますから」
リビングから聞こえる高橋さんの問い掛けに、シンクの隣にある食洗機にカップを入れながら、平静を装ってそう返事をした。
どうしても、高橋さんの目が見られない。
別に悪い事をしたわけでもないけれど、何となく高橋さんの家に来てから、視線を合わすことが躊躇われ、食器の重なり合う音だけがキッチンに響いていた。
— ピンポーン —
すると、いきなりインターホンが鳴ったと思ったら、誰かがドアを開けて入ってきたみたいで、高橋さんが玄関に向かった。
「何だよ、お前」
「陽子ちゃぁん。これ玄関に置きっ放しになってたから、一応持ってきたよぉ」
「えっ?」
明良さんが戻って来たみたいで、キッチンに居た私のところにやって来た。
しかも、見覚えのあるバッグを持って……。
「明良さん。何で……。何で、そんなもの持って来ちゃったんですか?」
「何でって、そりゃ、置いてあったからねぇ。持って行った方がいいかなあって、思ったからよん」
私の部屋の玄関脇に置きっ放しになっていた着替えの入ったバッグを、明良さんが持って来てしまった。
いつの間に?
あっ……。
さっき腕時計忘れたとか言ってた、あの時……。
明良さんが部屋に1度戻った時、トランクに入れてた? 
「そうそう、陽子ちゃん。次回の外来なんだけど、取り敢えず月曜の午前中に来てくれるかな。何だったら、貴博に病院まで送ってもらうといいよ。朝一番でもいいから」
「あっ……。はい」
月曜日の午前中に外来……。一応、頭の中にインプットしたが、今はそれどころじゃない。
「じゃあ、今度こそ、もう帰って来ないから。何だったら、陽子ちゃん。今晩、此処に泊まっちゃえばぁ?」
「な、何、言ってるんですか。明良さん」
じょ、冗談じゃない。絶対あり得ない。そんな事……。
明良さんに言われただけで、こんなにドキドキしてしまっている。
「じゃぁねぇー」
まるで嵐のように、明良さんは気まずさだけを残してまた出て行ってしまった。
またしても取り残されてしまった私も、食洗機への食器の収納も終わり、明良さんが持って来てしまったバッグと、いつも持っているバッグを持って、帰ろうと玄関に向かうと、高橋さんが後ろから一緒に玄関まで来てくれた。