新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

震える手を合わせてギュッと組んでいたせいか、両手に汗をかいていた。
すると高橋さんが、背中をシートに深く押しつけて天井を見た。
「ふざけやがって……」
エッ……。
「俺を、馬鹿にしやがって……」
高橋さん?
「そんな子供騙しみたいな言い訳が、俺に通用するとでも思ってるのか?」
「キャッ……」
突然、早く車から降りたくて浅く座っていた私の両肩を押して、高橋さんがシートに背中を押しつけた。
「何を言われても、覚悟は出来てる」
高橋さん……。
高橋さんの顔が近過ぎて、視線を逸らそうとしてもこの状態ではとても無理で、目を瞑ることでしか逃れることが出来ない。
しかし、その目を瞑ることは出来なかった。あまりにも近くに居る高橋さんの表情が、手に取るように分かってしまったから。
こんなに近くに居るからこそ、高橋さんの表情が手に取るように私にでも分かる。だとすると、高橋さんはもっと私のことを分かっているはずで……。
高橋さんは、全てお見通しなのかもしれない。
「私……」
大きく深呼吸をした途端、瞬きと同時に涙がこぼれ落ちた。
「松川さんの送別会の後、タクシーで高橋さんと一緒にマンションまで来たんです。それで……高橋さん。凄く酔っていて、お部屋まで行ったのですが、直ぐに寝てしまったんです」
あの日のことを話しながら、胸が苦しくなっていた。
高橋さんが、知ってしまうことを考えると……。
でも、私の口から話さなければ、きっとこの状態はずっと続いてしまう。高橋さんの辛そうな表情を見るのは、私も辛い。
「だから、ベッドで寝ないと風邪ひくと思って高橋さんを起こしたのですが、その時に……」
言葉を発するのに、こんなに勇気がいるものなのかと思った。
もう一度、深呼吸をして目を瞑った。
「一旦、高橋さんは起きて下さったのですが、高橋さんは……。高橋さんは、ミサさんという方と……私を勘違いされたみたいで……」
高橋さんは、涙声で言い掛けた私の言葉に大きく目を見開いた。
もう、後戻りは出来ない。
「それで……それで高橋さんは、私に……私をミサさんと間違えて、キスをし……」
「もういい」
高橋さんが途中で言葉を遮ると、そのまま強く私を抱きしめた。
「もう、言わなくていい。言わないでいいから。悪かった」
高橋さん……。
抱きしめられている腕の中で、何度も首を左右に振っていた。
「本当に、悪かった」