新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

どうしよう。
心臓がドキドキして、物凄い音を立てているような気がする。この音が高橋さんに聞こえてしまっているんじゃないかと心配になってしまう。
「その後、どうした?」
「えっ? そ、その後ですか?」
ああ。どう応えたらいいんだろう。
「そう。タクシーを降りた後の記憶が曖昧で、どうしても思い出せないんだ」
高橋さん。もしかして、何も覚えていないの?
「そうだったんですか。でも……その後は、何もないですよ? 私は、そのまま帰りましたから」
「……」
「だから、高橋さんも覚えていらっしゃらないんじゃないですか?」
無理に笑顔を作って、何とか必死に平常心を保ちながら精一杯取り繕ったつもりだけど、大丈夫だったかな。
もし、高橋さんが真実を知ってしまったら、恐らく絶対的敗北感を味わってしまうと思うから。だから、出来ることならば知って欲しくない。私自身も知られたくない。あんな、哀しいキスのことなんて……。
「それなら何故、あの日、お前にしたことを思い出せ等と明良が俺に言うんだ?」
エッ……。
「何故、明良があの日、何があったのかを知ってるんだ?」
「そ、それは……」
明良さん。
何で、高橋さんに……。何を言ったの?
あの時、明良さんは、大人の付き合いを……みたいなことを言っていて、何も知らなかったことにすればいいと……。それなのに、何で明良さんが高橋さんに?
まともに高橋さんの顔が見られなくて下を向いてしまっていたが、痛いほど高橋さんの視線を感じている。
「教えてくれ。あの日、何があったんだ?」
高橋さんに聞かれても、どうしても応えられずに首を横に振っていた。
「いったいお前に、俺は何をしたんだ? お前が話してくれなければ、分からないだろう?」
言えない。言えるわけない。
絶対、言えるわけないのに……。
此処から、居なくなりたい。この場所から、消え去りたい。
高橋さんの瞳に見据えられて、体が思うように動かない。
でも、何とかして高橋さんに悟られないように、この場を凌がないと……。
「本当に……何もなかったですよ。帰りに、明良さんに偶然高橋さんのマンションの前でお会いして、私が1人で帰ろうとしていたので送って下さったんです」
「……」