新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

「あ、あの、待って下さい」
高橋さんがトランクに入れてしまった荷物を出そうとしたが、その手を高橋さんが掴んでいた。
「高橋さん。本当に、私、電車で帰りますから」
「……」
仕事が終わったのだから、もう一緒に居なくて済むと思っていたのに。それなのに……。
「そんなに、俺と一緒に帰るのが嫌なのか?」
「そ、そんなこと……」
高橋さん……。
「それなら、それでもいい。だが、その前に話がある」
話?
掴んでいた手を高橋さんは離してくれると、私の横を素通りして助手席のドアを開けた。
「あの、お話って……何ですか?」
「乗って」
「でも……」
「いいから、取り敢えず乗って」
言われるまま仕方なく助手席に乗ると、高橋さんが助手席のドアを閉めて運転席側に廻ると、高橋さんも運転席に座ってドアを閉めた。
しかし、それから何分か経っているのに、話があると言った高橋さんだったが、運転席に座って腕を組んだまま何も話そうとはしてくれない。
「あ、あの……高橋さん。お話って……」
すると、組んでいた腕を解いて、勢いよく左手を助手席のヘッドレストを掴むと、高橋さんが私に顔を近づけた。
「お前。俺に、何隠してる?」
エッ……。
高橋さんの鋭い視線が、私の瞳を捉えていた。
「な、何のことですか?」
咄嗟に顎を引いたが、高橋さんの顔が間近に迫っていて身動き取れない。
「ここ一週間ぐらい、お前、おかしいよな?」
まずい。高橋さんに、何かおかしいと気づかれていたんだ。
「そ、そんなことないですよ。いつもと、変わらないです」
そう……。
高橋さんは上司で、私は部下。その関係は、今も、これからも変わらないのだから。
「それじゃ、聞き方を変える。俺は、お前に何をしたんだ?」
「えっ?」
高橋さん……。
「な、何も……してない……ですよ」
「嘘をつくな」
「ほ、本当に、何もないです。隠してることも、何もないですから。あ、あの、もう帰ってもいいですか?」
「まだ、話は終わってない」
「高橋さん……」
すると、高橋さんが運転席に座り直すと、ハンドルを抱えながら前を向いた。
どうして高橋さんと、こんな押し問答をしなければいけないんだろう?
あの日のことは、もう忘れたいのに……。
「何があった?」
高橋さん。そんなに問い詰めないで。
高橋さんは、知らない方がいいの。知ってしまったら、高橋さんは……。
「教えてくれないか?」
エッ……。
「あの日、何があった?」
「あ、あの日って、何時のことですか?」
必死に取り繕おうとしても、高橋さんに見透かされそうで、怖くて視線を合わせられない。
「松川さんの送別会の日。お前と、確かタクシーでマンションまで帰ってきたよな?」
「は、はい」