新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

あっ、しまった。気づかれてしまったみたい。
「い、いえ、その……。高橋さんの言い方が、うちの親と同じような言い方だったので、つい……」
「フッ……。子守も大変だよな」
ハッ?
子守って……。
「な、何ですか。子守って」
「ん? 子守は、子守だろう」
「高橋さん……」
もっと、言い返したかったが、これ以上言い返すと、ある意味、またその一線を越えてしまいそうで怖くてやめてしまった。
高橋さんは、あくまでも私の上司。それ以上のものは、何もないのだから。
「珍しいな。違いますって、言い返さないのか?」
「はい。あの……朝は、あまり頭が働いていないので」
我ながら、上手い言い訳だと思った。
これなら、不自然じゃない。高橋さんに、変に思われることもないはず。
だけど、何か話題を変えなきゃ。
そうだ!
「高橋さん。そう言えば、昨日は酔ってなかったんですね。接待で、お酒は飲まれなかったんですか?」
「ああ。乾杯だけで、あとはウーロン茶飲んでた」
エッ……。
ウーロン茶?
「どうかされたんですか? 具合でも……」
「いや、そうじゃない。最近、酒が美味くないから、飲んでないんだ」
「そうなんですか? 高橋さんがお酒飲まれないなんて、本当にどこか具合悪いんじゃないですか? 明良さんに診て貰った方が……」
「大丈夫だ」
高橋さん……。
「さて、そろそろ行くか。今日も忙しいが、よろしく頼むな」
「は、はい」
ホテルをチェックアウトして、荷物を持ってタクシーで空港事務所に向かう間、ずっと考えていた。
高橋さん。お酒が美味しくないって、どうして?
何か、あったのかな?
飲んでないとも言ってた。
何だか、凄く心配になってしまう。
「……だろう?」
「えっ?」
「お前、大丈夫か? さっきから、人の話を全然聞いてないだろう?」
「す、すみません」
高橋さんに何か聞かれたみたいだったが、自分の世界に入ってしまっていて聞いていなかった。
「初めての出張で、疲れたんじゃないのか?」
「そんなことないです。大丈夫です」
「それならいいが。具合悪かったら、我慢しないで遠慮なく言えよ?」
「はい。ありがとうございます。高橋さんこそ、本当に具合大丈夫ですか?」
「ハハッ……。俺は、健康だけが取り柄だから。余計な心配するな」
高橋さん……。
本当は、高橋さんのことを考えていたの。
だけど、そんなこと恥ずかしくて言えないから。