新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

「でも、私はちゃんと高橋さんに折原さんの書類を渡しました。それは、急いでると思ったから機転を利かせてやったことです。それを、そんな風に言われるのは……」
「機転を利かせた?」
高橋さんが、栗原さんの言葉を引用して聞き返した。
「はい。高橋さんだって、結果的に直ぐ書類を見られて良かったんじゃないですか?」
少し沈んでいた栗原さんの声がまた明るくなって、高橋さんに微笑んでいる。
「だからといって、他人の引き出しを開けていいという理論は成立しない」
「そんなあ……」
「それと、もう1つ」
そう言うと、高橋さんは、色を成さない漆黒の瞳で栗原さんを見ていた。
「何故、栗原さんは、俺が直ぐ書類を見られて良かったと思うんだ?」
「それは……」
まさか?
まさか、封筒の中身まで見たの?
「封筒に入っている書類の内容が何かも分からないのに、何故そう思った?」
高橋さんは、穏やかな口調で話しているが、栗原さんに向けられた視線はとても鋭くて、あんな瞳で見られたら凍り付いてしまいそうな気がした。
「……」
栗原さんは返す言葉がないのか、黙ったまま高橋さんと視線を合わせていたが、だんだん俯き加減になっていった。
「先ほども言ったが、私信を他人に読まれるほど気分の悪いものはない。たとえ、それが仕事の内容であっても何でもないことであっても、自分の知らないところで自分の書いた文面を宛てた相手ではない第三者が見るというのは、渡す方も渡された方も気分のいいものではない」
「……」
それでも栗原さんは、いつものはつらつとした態度は何処に行ってしまったのかと思うほど、俯いたまま何も言葉を発しなかった。
「折原。ちょっと、いいか?」
「はい。何でしょう?」
ちょうど、コピーを終えて通りかかった折原さんを、高橋さんが呼び止めた。
「書類は、さっき受け取ったから」
「そう、よろしく。矢島ちゃん。渡してくれて、ありがとう」
「えっ? あ、あの……」
「それで、その件で謝らなければならない」
どう応えていいのか分からず、返事に困っていると、高橋さんが先に話してくれていた。
「えっ? 何で?」
折原さんは、不思議そうな顔をして高橋さんを見ている。
「折原は、矢島さんにこの封筒を預けてくれたと思うんだが……」
そう言って、高橋さんは机の上に置いてある封筒を左手で掴んだ。
「そうそう。席に居なかったから、矢島ちゃんに預けてお願いしていったのよ。それが、どうかしたの?」
「そうなんだが、その書類を栗原さんから俺は受け取った」
「どういうこと?」
「……」
高橋さんは少し考えているようで、先ほどからも言葉を選んで話している感じがする。
「栗原さん。自分で説明した方がいい」
高橋さんが、栗原さんに説明するよう促していたが、栗原さんは一向に話そうとはしない。