新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

「そんなに見られたくなかったら、引き出しに鍵でも掛けておいたらどうですかあ?」
そんな……。
今まで小声で話をしていたのに、急に栗原さんが大きな声で私にそう告げた。
いくら何でも、そんな風に言わなくてもいいのに。
「栗原さん」
すると、高橋さんの声がして、見ると高橋さんがこちらを見ていた。
「はい。何ですかあ? 高橋さあん」
今まで私の方を見ていた栗原さんが、直ぐさま椅子を元の位置に戻して、にこやかに返事をしながら高橋さんを見た。
「親しき仲にも礼儀あり。他人の机の引き出しを開けるということは、いくら仕事上のこととはいえ、個人のプライバシーに関わってくる問題にもなりかねない」
「……」
「仮に、私信を伝えた相手が……。この場合の私信は、私の信じると書いての私信だが、私信を渡した相手が机の引き出しに私信を入れて置いて、それを他人が読んでしまったらどう思う? それを自分に置き換えて、考えてみて下さい。身近なところでは、手紙や日記、メール文。それを他人が勝手に読んでいたら、どう思う? 自分の知らないところで、その文面が一人歩きしてしまう。その怖さは例えようのないものになってしまう場合もあることも、社会人として覚えておいた方がいい」
「でも……」
栗原さんが、何かを言い掛けようとした。
「もし、何らかの理由で、本人から頼まれた場合、もしくは本人承諾の上で机の引き出しを開けるのならば、それは例外だと言えるかもしれないが、その他のことで理由づけて行動に移しても良いということは本来有り得ない」
「だけど……」
それでも栗原さんは不満のようで、高橋さんに何かを訴えようとして、左手を伸ばしてひらひらさせながら、高橋さんに聞いてと言わんばかりのアクションを起こしている。
「栗原さん。まだ正式な社会人ではないが、今はれっきとした研修期間で手当も出る。だから私たちも、出来るだけのことは覚えて来年入社した後に役立てて欲しいと願っている。だから厳しいことを言うかもしれないが、社会に出たら自分の非を指摘されたのならば、それは素直に認めなければいけない。でもとか、だけどとか、そういった自分を正当化するための接続助詞は、かえって自分のためにならないし、時として自分の立場も悪くする。無論、仕事の内容のことで、提案等をして、より良い仕事の進め方があれば、討論や論議をすることは大いに結構なことだ。そこには上下関係等、存在しない。もし、頭ごなしに部下の提案を否定するような上司が居たとしたら、上司としての器が小さ過ぎて上司失格だ。社会では、私心は通用しない。この場合の私心は、私に心と書く私心。つまり、社会人たるもの、置かれた環境がどんな場所であれ、経験年数の長短に関わらず、私心は許されないということだ」
高橋さん……。