新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

見ると、その宙を舞った気がした謎の紐のようなものは、高橋さんのネクタイだったことに気づいた。
「あ、あの、どちらに行ってらしたんですか?」
「ああ、今、金庫を開けてた」
金庫。
それで、あの大きな音がしたんだ。
「そうだったんですか。事務所にいらっしゃらないかと思って……」
「フッ……。事務所の鍵を開けて何処かに行ったら、それこそ顛末書、始末書ものだ。挙げ句、金庫まで開けてたらそんなレベルでは済まされないだろうが」
そう言って、高橋さんは締めかけていたネクタイの最後の締めをしていた。
恐らく、金庫を開けてネクタイを締めながら戻ってきたのだと思う。高橋さんのネクタイ、素敵だな。何時もスーツとワイシャツとネクタイは、さり気なくコーディネートされている。それに、そうやってネクタイを締めているところを見ただけでも、キュンとしてしまう。
そうだ!
昨日のお詫びをしなくちゃ。
「あの……。昨日は、本当に申し……」
「高橋さーん!」
エッ……。
事務所の入り口の方から栗原さんの声がして、走ってくる足音がしている。
「気にするな」
高橋さん……。
高橋さんはそう言ってコピー機の方へと向かい、コピー機の電源を入れていた。
「高橋さん。私、昨日酔っぱらっちゃって、お店出てから全然覚えてなくて……」
「おはようございます」
「あっ。おはようございます。それで、それで、夜中に気がついたら折原さんが隣で寝てたんですよ。もう、ビックリしちゃって」
「折原に、よくお礼を言った方がいい。栗原さんを介抱して、家まで連れて行ってくれたんだからな」
「そうみたいですよね。だから折原さんは、1度家に帰ってから会社に来るそうで、だから私も一緒に起こされて、今朝はこんなに早く出勤になっちゃって……。本当は、高橋さんに泊まって介抱して欲しかったですぅ」
ハッ!
栗原さんは、事務所で何てことを言ってるんだろう。
「あら? 矢島さんも、もう来てたんですか?」
「お、おはようございます」
「おはようございまーす。昨日はお疲れ様でした。先に帰られて、何か用事でもあったんですか?」
「えっ? と、特に何もなかったけど、遅くなると電車混むし、今日も仕事だったから疲れちゃうと困るから」
「嫌だあ。疲れちゃうなんて、もうオバサンみたいなこと言わないで下さいよ」