新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

「えっ? あっ、はい」
玄関に入って振り返ると、高橋さんが後ろ手に玄関のドアを閉めていた。
エッ……。
高橋さんが、初めて私の部屋に?
「あ、あの……」
すると、高橋さんが右手で私の口を塞いだ。
高橋さん?
「こうされたら、どうする?」
エッ……。
「もし、部屋に入った途端、真後ろに誰か居たらどうする?」
高橋さん。
高橋さんは、真剣な表情で私に問うと、口を塞いでいた右手を口から離してくれた。
「脅かすわけじゃない。往々にして、鍵を開けて部屋に入る瞬間や直前が一番狙われやすい。自宅に着いたと思って、気が緩んでいることもあるからだろう。無論、部屋に入ったら直ぐ施錠することも大事だが、部屋に入る前は出来ることならば、後ろを1度は見た方がいい。今みたいに、そのまま一緒に入られてしまえば、密室になったも同然だからな」
「は、はい」
何だか、急に一人暮らしが怖くなってきてしまった。
今まで、こんな怖いことに遭遇したこともなければ、想像したこともなかったけれど、高橋さんに言われてみて、初めて一人暮らしの怖さを知った気がする。今まで、あまりにも何も考えずに行動していて、毎日の習慣と大丈夫だろうという気の緩みから緊張感が足りなかった。
「大丈夫か?」
高橋さんが、真顔で私を見ていた。
「はい……。まさか……考えたこともなかったです。部屋に入る時、後ろを見たりしたことなんて1度もなくて。考えていたら、何だか怖くなってしまって……。でも、高橋さんは、どうしてこういうことまでご存じなんですか? 普通、知らないというか、分からないですよね?」
「フッ……。お前、俺がこういうことをする人間だとでも思ったのか?」
「えっ? と、とんでもない。そんなこと、お、思ってないです。絶対、そんなこと……」
そんなこと、考えてもみなかったもの……。
「ニューヨークに出向になった時、身の安全を守る。つまり、保身の心構えを教わったんだ。その行動の三原則として、目立たない、行動パターン化を避ける、用心を怠らない。この3つを守っていれば未然に防げることもあると教わった」
目立たない、行動パターン化を避ける、用心を怠らない。
用心を怠らない……。耳が痛い。
「ある意味、犯罪率ナンバーワンの場所と言っても過言ではない場所に居たわけだから。毎日、危険と隣り合わせのような気持ちで、常に緊張してないといけないわけで、隙を見せたら巻き込まれてしまう場合も多分にあって、そういう話を身近でもよく耳にしてたな」
そんな……。
ニューヨークって、そんなに危険な場所なの? 知らなかった。
「勿論、きちんと行動して危険な場所に行かなければ、まず大丈夫ではあるが、とかく日本人観光客等を見てると、見てるこっちが怖くなることが多かった。それぐらい、日本の治安はいいのだろうが、異国に居るという自覚がない観光客も中には居て、事件や事故に巻き込まれても仕方ないと思えてしまう場合も多い。だからだろうな。向こうに行った当時は、毎日緊張していなければいけない自分の行動に慣れるまで、色々違和感があったが、日本に帰ってきてみると、電車の中でも平気でバッグが開いていたりする人を見たりすると、物凄くそっちの方が違和感を覚えるようになった」
高橋さんは、ニューヨークで大変だったのかもしれない。そんなことは、何も言わない高橋さんなんだけれど……。
.「だから、その癖で住居への出入りやエレベーターに乗る前、車に乗る時には、不審な人物がいないか、まず安全を確認する習慣が今でもあるんだ」