新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

ドアミラー越しに後ろを見ても、黒一色の世界しか見えず、怖くなって直ぐに視線を前方に戻した。
対向車も、滅多に来ない
高橋さんの車のヘッドライトに照らされた場所だけが明るく、他は殆ど真っ暗で、民家すら見当たらない。
すると、急に前方に黒い大きな物体が現れた。
「うわあぁぁぁ。な、何ですか? あれえぇぇぇ?」
いきなり出現した得体の知れないものに、怖くてその怖さに任せて大きな声を出してしまった。
「ブハッ……。お前のその声の方が、よっぽど怖いな」
「すみません……つい……」
高橋さんは、突然、大きな声を発した私に吹き出しながら、車のスピードを緩めた。
目を凝らして、ジッと前方の謎の物体を見る。
その謎の物体は、よく見ると動いていて、まるで道路を横断しているようだった。
「嘘! あれって……。も、もしかして、鹿ですか?」
大きな角が2本、ニョキニョキッと、生えているのが見える。
「そう。アドベンチャー・ワールド」
高橋さんは、一瞬だけ舌を出して微笑んだ。
「こんな都心から近い場所なのに、鹿がいるんですね?」
思いも寄らない鹿との遭遇に、驚いてしまった。
「この辺は、都心に比べて少しだけ標高いが、殆ど夜は人が来ないからよく鹿も出てくるんだ。そのうち、標識にも出てくる。鹿に注意のマークと、タヌキに注意って」
「鹿に、タ、タヌキ……」
本当に、高橋さんの言うとおり、さながらアドベンチャー・ワールドだ。
さっき、偶然にも鹿に遭遇してしまったので、今度は何が出てくるのかとビクビクしながら、だけど少しわくわくして、まるで子供のようにフロントガラスに近づいて、身を乗り出しながら目を凝らしていた。
「フッ……」
今、高橋さんが、何か笑ってる気がする。
「な、何ですか? 何か、面白いことあったんですか?」
「いやいや……。何でもない」
高橋さんは運転してるので、前を見ながら微笑んでいる。
確かに、高橋さんが言ったとおり、途中、鹿に注意やタヌキに注意の標識も出てきた。
こうなったら、せっかくだからタヌキも見てみたい。だが、その願いは叶わなかった。
暫く走っていくと、急に前方が開けて暗くてはっきりとは分からないが、割と広い駐車場らしきスペースに車を停めて、高橋さんがサンルーフを開けた。
ひんやりとした空気が暖まっていた車の中に、スッと入り込んできたが、何気なく開いたサンルーフから上を見上げた。