新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜

「そうですね。徹夜続きで注意力散漫になっている時とか、真夏の現場で暑さにやられて、ボーッとなっている時等は、要注意ですね」
「それは、大変ですね」
「もっとも私の場合、ジッと机に座っていることが苦手でして、体力だけは自信があるのでこの仕事を選んだというのもありますから、殆どそういうことはないですが」
現場とか徹夜とか、よく話が見えないけれど、とにかく凄い人みたいだ。
だけど、夏目さんの手を見ると、指が細くて長い女性らしい手をしていて、とても現場で徹夜をしたりしているようには見えない。
ハッ!
あまりにジッと夏目さんの手を見ていたせいか、それに気づいた夏目さんと目が合ってしまった。
「あっ、ごめんなさいね。手が汚いでしょう? さっきまで配線していたから、その作業で指先がボロボロになっちゃったから」
そう言って、夏目さんは両手の指先を見つめている。
よく見ると、手の甲側や爪は綺麗なのに、指の腹の皮膚がボロボロになってしまっていた。
「い、いえ、そんなことないです。すみません」
嫌だ。そんなこと思ってなかったのに、気を遣わせてしまった。
「失礼致します」
店員さんが飲み物を持ってきてくれて、テーブルに配置してくれた。
「乾杯しましょうか」
高橋さんのひと言で、それぞれグラスを手に持った。
「乾杯」
グラスを合わせて、ウーロン茶を一口飲んでグラスを置く。
「お酒は、何がお好きなんですか?」
「そうですね。仕事が終わったら、まずビールですね。現場の冷蔵庫に、沢山入ってますから」
「それは、いいですね」
「はい。取引先が持ってきてくれる差し入れを頂いたり、自分でも補充したりしますが」
現場って、どういう所なんだろう?
「先輩は、今、どちらの現場なんですか?」
「今? 今は、さつきヶ丘駅周辺の再開発を受けてる」
さつきヶ丘駅周辺って、あんな大きな駅の?
「確か、何棟か複合ビルができる所ですか?」
「そうです、そうです。よくご存じで。あの中の1棟を受け持ってます」
あの中の1棟を受け持っているってことは、もしかして……。ビルを建ててるってこと?
「先輩が建ててるビルは、何階建てなんですか?」
うわっ。
やっぱり、夏目さんはビルを建ててる人なんだ。女性なのに凄い、凄すぎる。
「屋上入れて、25階建てかな」
「凄い。きっと完成したら、駅の雰囲気もガラッと変わりますね」
「そうかもしれないわね」
こんな女らしい人が、25階建てのビルを建てているなんて……。同じ女として、とても信じられない。
「お料理を、お持ち致しました」
引き戸を開けて、店員さんが2人入ってきて料理を並べてくれた。
美味しそう……。あっ。苦手な、さざえの壺焼きがある。
「じゃあ、いただきましょうか」