怜士の骨張った長い指が、美玲の腰を引き寄せる。いつもより少し強引なその手つきに、美玲の心臓がどくんと跳ねた。

(このまま……このまま、朝霞さんと……)

「……帰りたくない」
 気が付けば、唇からそんな言葉が漏れていた。
「どうして? 恋人がいるのに」
「だから……帰ったら、臣君がいるかもしれないから……」
「嫌なの?」
「……だって、私が疲れてても、寝たくても……」

 ぎゅっと怜士のジャケットを掴む。
「誘ってくるの?」
 こくりと頷く。
「……はぁ」

 怜士はため息をついた。美玲は座席で小さくなる。
 お互いなにも言わない。気まずい沈黙が流れた。

「……じゃあ、どうする?」

 怜士が少し掠れた声で、美玲の耳元に囁いた。美玲は濡れた瞳で怜士を見上げる。
「私……」
 震えた指先が、怜士のジャケットを掴んだ。
「……分かった」
 怜士の車は、近くのホテルへ滑り込んだ。

「朝霞さん……」
 今さらになって酔いが回ってきたのか、美玲はぼんやりとしながら部屋に入る。
「ホテルついたよ。ほら、寝る前にとりあえず着替えた方がいい」
「ん……」
(眠い……)
 スーツのままシーツの中に潜り込もうとする美玲に、怜士は何度目かわからないため息をつき、
「仕方ないな……着替えさせるよ?」

 怜士はなるべくその素肌を見ないように、素早く美玲をガウンに着替えさせた。着替えの途中、何度か怜士の指先が美玲の素肌を撫でた。たったそれだけのことでも体はその熱を覚えているらしく、素直に反応してしまう。

「じゃあ、俺は帰るから。おやすみ」

 美玲の髪を優しく梳いて囁くと、怜士はそのまま部屋から出ていこうとした。

「待って……朝霞さん」

 怜士がドアノブに手をかけるのと、美玲がその背中に抱きついたのはほぼ同時だった。

「ちょっ……」
 怜士が驚いて振り向くと、美玲の身体がぐらりと傾いた。怜士は慌てて美玲を抱きとめた。
「危ないだろ」
「朝霞さん……嫌です……行かないでください」

 美玲は怜士の服をぎゅっと掴む。その手の力は随分と弱々しく、怜士の力なら簡単に振り解ける強さだ。
「随分酔ってるみたいだから、もう寝た方がいい」
 怜士は伝わる熱に気付かないふりをして、美玲を抱き上げるとベッドに横たわらせる。
「やだ……嫌です、朝霞さん。行かないで……」
 その言葉に怜士は一瞬、苦しげな、なにかを堪えるような表情をして。
 直後、美玲に噛み付くようなキスをした。
「ん……」
 美玲はされるがままに、覆いかぶさってくる怜士を濡れた瞳で見つめた。
 
「行かないでって……なんてこと言うの」
「だって……ずっと好きだったんです。誰といても、どうしても朝霞さんが忘れられないんです」
「酔った男の前でそんなこと言って……悪い子だね」

 怜士は瞳を苦しげに揺らし、美玲を見下ろす。ベッド脇のライトは、怪しげに怜士の顔を照らている。