始業式から1ヶ月後の11月、最初の週 火曜日
父からの暴力期間がやっと終わった。
そして、今日は久しぶりの平和な朝 いつもどおりの通学路を歩いて学校へ
いつもどおりだと思ってホッとしていたのに、その気持ちは学校の玄関で一瞬にして奪われてしまった。
玄関についた時吉田さんとその取り巻きが私のことを待ち構えていた。
「やっと来た。待ちくたびれたんだけど〜」と言いながら少しずつ近づいてきた。
「なに?なんか用?」とだけ返しながら後ずさる
「ちょっと来て」と言い吉田さんたちは歩き出した。
ついていくことを拒んで、その場に立ち止まっていると振り返った吉田さんに、「早くしてくれない」と強引に腕を引っ張られ、着いたのは使われていない旧校舎の1室
部屋の前についた時、後ろから背中を思い切り押され部屋に入れられてしまい、
カバンを取られ何も言われずそのまま教室の鍵をかけられてしまった。
[これがやりたかったの?最悪 11月入ってそうそうこんなことになる? スマホはかろうじてポケットに入ってるけど、カバンは何故か取られたし…]
そんなことを考えながら、そこで1日過ごすことにした。
使われていないから、床も空気も埃っぽくて袖に埃がつくのが嫌で袖をまくった。
もう11月、今日は特に冷え込むと朝の天気予報で行っていたのを思い出して苦笑いをした。
使われていない教室だからストーブなんてあるわけもなく、寒い中頼れるのは昨日変えたちょっと厚手のパーカーのみ
カイロは、学校で開けようと思っていたからカバンの中に入れっぱなし
[このまま凍死するのかな]
なんて縁起でもない考えすら頭に浮かびだした。
[もう諦めて死ぬのを待とう…
お母さんには悪いけど一足先に春樹お兄ちゃんのところへ行こうかな]
そうに覚悟を決めかけた時、手に持っていたスマホが振動した。
画面には先輩の名前が…
「なんですか」なるべくいつもどおりに振る舞って電話に出た。
「どこにいんの?」
「三影先輩には関係なくないですか?」
「質問に答えろ どこにいるんだよ」
「家 今日は学校休んだんで」
「学校の玄関にカバンだけ置いてか?昨日の帰りに玄関に忘れたとかか?だとしたら相当の馬鹿だな」
「ほっといてください」
「ほっとけるかよ。早くどこにいるか言え」
いつになく焦っているのかめんどくさいと思っているのかわからない
でも三影先輩のその声を聞いた私は、無意識のうちに先輩に
「学校の使われてない旧校舎の1室」と答えてしまっていた。
巻き込んではいけないと思っているけど、私は無意識の中で先輩の助けを求めていたのかもしれない
「わかった」と言うのと同時に電話が切れた。
先輩が電話を切ってしばらく経った頃、私の閉じ込めれれている部屋のドア前で声がした。
「おい、ここにいんの?」
その声は私の気持ちを一瞬にして安心させてくれる人の声だった。
「先輩…」か細く出た私の言葉が届いたのか先輩は勢いよくドアを蹴破ってしまった。
そして久しぶりに見た先輩の前で私は、涙を流してしまった。
ホントは怖かったし、どうすればいいかわからなかったし、凍死しそうだったしで色々な感情が混ざって涙となって溢れてきた。
先輩は私の元へやってきて私を抱きしめた。
「なんでこんなところにいんだよ。なんで電話で聞いた時嘘ついたんだよ」
なんて苦しそうな声で言われた私は
「先輩に迷惑かけたくなかったから、先輩迷惑かけられるの嫌いでしょ?」
「冬菜のことで迷惑だと思ったことなんてねーよ」
そんな会話を先輩の腕の中で泣きながらしていた。
ふと先輩の腕の中で自分の腕の痣を見て、さっき埃がつかないようにパーカーの袖をまくったことを思い出し、急いで袖を下ろそうとしたが遅かった。
「この痣なに?」 先輩に気づかれてしまった。
先輩の目線は私の腕に向いていた。
「なんでもないです。」 とっさに腕を後ろに回してパーカーの袖をおろした。
「なんでもなくてそんなに痣ができるかよ。」
「なんでもないですから。先輩は何も見てない それでいいんです。
それより、ドア蹴破っちゃったけどいいんですか?」
「なんでもなくねーよ。話を逸らそうとするな」
珍しく必死な先輩を前に私は驚きと同時に疑問が浮かんだ。
「なんでそんなに必死なんですか 私なんかのことで」
「私なんかじゃねーよ。お前だからなんだよ」
意味がわからなかった。
「私だからってどういうことですか」
「大した意味なんてねぇよ」
それだけ言ってから「とりあえず、屋上行くぞ」と言われた。
その後はお互い一言も話さず、屋上へ向かった。
屋上へつくと先輩は
「それで、この痣はどうしたって?」
私の腕を持ち上げて、パーカーの袖をまくりながら、冷静な声で淡々と投げかけられた言葉に私は言葉をつまらせた。
これを言うべきなのか言ったところで何も変わらない、迷惑になるだけだってわかってるそんな考えが頭の中を占拠していた。
そんな私の沈黙を破った先輩
「話してくれないとわかんねーよ。俺はお前の味方だから」
「先輩にこれ以上迷惑はかけられないです。」
「迷惑なんて思ってねーよ。さっき言っただろ? 話してくれればなにか俺にできることがあるかもしれねぇからな」
「どうしてそこまでしてくれるんですか? ただ屋上で会っただけの救いようのない社会不適合者の私なんかに」
「お前だからなんだよ 何回も言わせんな あと自分のこと社会不適合者って言うな」
意味がわからなかったし、後半の自虐は聞き流してくれなかった。
でもなぜだかすごく嬉しかったしドキッとしてしまった。
「だから言え お前の負担、俺が軽くしてやる」
[そんな事言われたら、言ってしまいたくなる 何もかも言って楽になりたくなってしまう
例え何も変わらなくても、話してみようか
あの時のようになにか言うわけでなく受け入れてもらえるかもしれない]
そんな考えがよぎった。
でも、これを話したところでまた夏休み前のように先輩との距離ができてしまったらどうしようと怖い部分もあった。
そんな相反する気持ちで悶々と悩んでいる私を見て、先輩が
「もし、なにか思うところがあるなら、お前の中で俺は長い人生の中でたまたま話を聞いてくれた、年上の人 くらいに考えとけば? それで、その人との関係性が悪くなったらそれはそれ!くらいに考えてた方が楽に話せるだろ?」
と言われ、私の中で覚悟が決まった。
というより決まりかけていた気持ちに追い風が吹いたようなそんな感覚だった。
たまたま話を聞いてくれた年上 距離を取られたらそれはそれ!というふうに頭の中で唱えながら、先輩にこの1ヶ月あったことを話した。
お母さんが父に反抗したことで父がお母さんに暴力を振るったこと
そのお母さんの手当てをしていたところに父がやってきて私の行動に激怒し、暴力を振るわれたこと
その時につけられた痣であること
それが1週間から1ヶ月続くこと
こういうことが初めてではないこと、そして永遠に逆らうことができないことを
すべてを話してしばらく沈黙…
「お前今までそれに耐えてきたのか?誰にも気づいてもらえず」
「しょうがないですよ。こんなこと相談できないですし、軽口で言えるようなことでもないですし」
そうに言うのと同時に先輩は私を抱き寄せた。
急すぎて思わずドキッとしてしまう
「冬菜…なんでもっと早く言わねぇの? なんでひとりでなんでも抱え込もうとすんだよ」
「え…」
先輩の声は今までにないほど震えていて、先輩の顔を見ると先輩は泣いていた。
「ごめんなさい。こんな話して先輩のこと泣かせたかったわけじゃないんです。忘れてください」
「忘れられるわけねーだろ。お前の負担を軽くするって言ったろ?俺がなんとかしてやるから」
「そんなの無理ですよ。私の家は前にも言ったとおり父の完全支配下なんです」
「そんなのやってみねぇとわからねーじゃん」
「先輩を巻き込むわけにはいかないです。」
「巻き込まれてなんていねぇから。俺は俺の意思でお前の問題を解決したいんだよ」
そう言っている間も先輩は私を離すことなくそのままでいてくれた。
心臓がうるさい音を立てていたけど、知らないフリをした。
本当は、1学期に助けてもらったときから、少しずつだけど膨らんでいる想いがあること、その感情があるから、先輩に距離をあけられた時に、少し寂しいと思ったのだと言うことも薄々感づいていた。
そして、今日助けてもらったことで、その気持ちは急速に膨らんで言うことにも…
でも、[この感情は気づいちゃいけない 私なんかがこの感情に気づいて、もしかしたらなんて思うのは先輩に迷惑でしかない]
私は、そうに思って押し殺すしかない同仕様もない感情であるということにも気づいていた。
しばらくしてようやく離してくれた先輩は何も話すことなく、屋上でずっと空を見ていた。
私もイヤホンをして音楽を聞きながら残りの時間を過ごした。
その日、帰りのSHRの時間まで先輩は屋上にいたが、どちらも何か話をしようとはしなかった。