記憶が、

ない?



どうりで変にぼけ〜っとしてるはずだ。


…じゃなくて。


それって、かなり大変なことなんじゃ…。



「多分、落ちたときのショックで混乱してるのね。おっきなたんこぶだけで済んだのが、奇跡だもの」



彼女が、
どこから、どうして落ちてきたのかなんて俺にはわからないけど、

…お互い気を失うくらい強く頭をぶつけたわけだし。

確かに、
奇跡としか言いようがない。



…あらためて、
彼女を見つめる。


やっぱ、
きれいな子だなぁ。


もしかして本当に天使かなんかなんじゃ…


てか、
この子の顔どこかで―――…



「…それでね、坂下くん」


「は、はい!」



またしてもうわの空になっていた俺に、

軽く咳払いをする婦長さん。



「この子、荷物も何も持っていなくて、身元がまったくわからないのよ」


「…はい」


「本当なら警察につれていくべきなんだけど、彼女はイヤだっていうし、病院側としては患者が嫌がることはあまりしたくないのよね」


「…そんなもんなんですか?」


「特に、彼女みたいな記憶障害の患者には、やさしくしてあげた方がいいのよ」


「…はぁ」


「…ってことで坂下くん」


「何でしょう?」


「少しの間でいいから、坂下くんのおうちでこの子を預かってくれないかしら?」



そう言って、

婦長さんは微笑んだ。










…何を言ってるんだ、

この人は。