佐野由人先輩をはじめて認識したのは、サッカー部にカレシのいる友だち・榎本一花の付き添いで、インターハイ県予選の応援に行った5月のことだった。

 誰よりも大きな声を出して、誰よりもグラウンドを駆けまわる背番号10番を、「なんであそこまでできるんだろ」って、結構冷めた目で見てた。

 でも、お手洗いに行った帰りに、迷子になってさまよっていたときのこと。


 うん? 鼻をすする音がする。誰か泣いてる?

 ひょっとして、迷子!? ……ってそれはあたしか。


 首をかしげながらも歩いていくと、横の通路の先で、壁に頭をつけて泣いている選手がいた。


 あの緑のユニフォームって、うちの学校のじゃない?

 背番号10……あっ! あの、めっちゃがんばってた人だ。


 ボロボロと零れ落ちた涙が、コンクリートの床に黒いシミを作っていく。

「くそっ……くそっ、くそっ!」

 壁に拳を何度も叩きつけるのを、あたしはしばらくの間ぼーっと見ていたんだけど、気付いたら、その拳をぎゅっとつかんでいた。