彼の素顔は甘くて危険すぎる


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「そろそろ、送ってく」

20時を前にして、そろそろ送らないとご両親が心配する。
スカジャンを着て、エアコンのスイッチを消すと。

「あのね?」
「ん?」
「無条件でお願いごと聞くっていうの、覚えてるよね?」
「ん、もちろん」
「じゃあ、それを今使いたい」
「いいよ」
「どんなことでも、無条件だよ?」
「ん」

ひまりのおねだりだなんて、可愛いもんだっての。
何をお願いされるんだろう?と期待の眼差しを向けた、次の瞬間。
彼女はキャリーケースを開けて、中から目を疑うようなものを取り出した。

「今日、お泊りさせね?」
「…………は?」
「だから、……お泊りさせて貰うから」
「え、……ちょっと、待った」
「無条件で聞くって言ったじゃん」
「それはそうなんだけど……」

自身の耳を疑った。
だって、今。
『お泊りさせてね?』って言わなかったか?
しかも、彼女の手には彼女の愛用の枕が。

「ひまり」
「はい」
「本気で言ってんの?」
「うん」
「冗談じゃなくて?」
「うん」
「マジで?」
「そんなに……嫌なの?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて」

勇気を出して言ったのはよく分かるんだけど。
さすがに、『お泊り』というフレーズが出て来るとは予想もしてなくて。
正直、どう対処していいのかマジで困る。

何故、キャリーケースだったのか。
持って来たのに一度も開けなかった理由が、今になって漸く分かった。

中に画材道具でも入っていて、俺の家に置いていくのかと思っていたら。
まさかの展開に、脳が完全に思考停止したようだ。