勢い余って逃げ出した私だけれど……。
「ううっ……なんであんな嘘ついちゃったんだろう……」
高級品であるスマホを持っていない私に、とりあえず連絡出来る友人などいるはずもなく……。
だけど、コワモテイケメンにそこまでの迷惑はかけられない気もして……。
「さむ、さむさむ……」
セーラー服の下から這い上がってくる冷たい風。
ヒンヤリしていて、春だけどまだ寒いって思い知らされる。
目の前には誰もいない公園。
「ええっと……最悪、公園で野宿かな……」
おんぼろなアパート住まいだったけれど、雨風しのげる何かがあるだけでもスゴイことだったんだなって、今更ながら思い知らされる。
「ああっ、リュックがない……! やっぱり、大瀬戸のおじさんの家に戻った方が良いのかな――?」
だけど……コワモテイケメンだって、知らない私と一緒に住むのは嫌そうだった。
実は、誰かに頼る方法が私はよく分からない。
母子2人で生きてきたし、その母も病気になって……。
しっかりしなきゃって自分に言い聞かせて、今まで生きて来た。
そうしたら、どうやって人に頼ったり甘えたりして良いのかが分からなくなってしまって……。
それに……。
そんなことしたら、誰かに迷惑をかけるんじゃないかなって……。
「せっかくあの男の人には嫌われなくてすんだんだもん……」
一緒に住んだら、粗だっていっぱい見えてくるだろう。
だったら、わざわざ一緒に住んで、嫌われるリスクを上げたくはない……」
そんなことを思ってしまう。
私も、物語のヒロインみたいに、上手に甘えることが出来たら良かったのかな……。
公園のブランコの上で、私は膝を抱えた。
「ううん、これからはなんとかして一人で生きていくんだ……そうしなきゃ……」
その時――。
巨大な影が私の上に差してきて――。
しかも、ぬっと手が伸びてくる。
「ひっ……!」
びっくりして立ち上がろうとする。
「きゃっ……」
誰かにドンっとぶつかってしまったのだ。
鼻先の痛みをこらえながら、正面を見ると――。
「いったた……」
ぶつかった相手は、金髪のチャラチャラした見た目の派手めな高校生だ。
最悪なタイミング。
コワモテイケメンとは違って、本物の不良だ。
「ひえっ……」
「なんだ、眼鏡のJKじゃん。ちょっと手を握ろうとしただけなのに……まあ、女なら誰でも良いか……」
その言葉に、胸がさらにざわざわしはじめる。
「ぶつかって骨折れたかもしれないし、俺と一緒に病院についてきてよ」
ニヤニヤしながら、私の手首を掴んでくる。
さっきコワモテイケメンに掴まれた時とは違って、ぞわぞわした感じがしてくる。
「は、離してください……! 今ので骨が折れてるんなら、骨がスカスカですよ! 病院に行って、ちゃんと調べてください!!」
「は??」
変な男の人に絡まれちゃって、どうしよう……。
そう思っていたら――。
ちょうど、私とチャラ男の間――。
――ビュンっ……!
ボールが勢いよく横切った。
パッとチャラ男の手が私から離れた。
うまいことブランコの梁にぶつかり、バンッと跳ね返る。
「おい、そいつは学校の後輩だ。おかしな真似するんじゃねえよ」
少しだけ低い声が私の耳に届いた。
高身長強こわもてイケメンがこっちにツカツカ歩いてきて、チャラ男を見下ろす。
同じ高校生なのに頭一つ分の身長差。
ものすごい迫力だ。
「ひっ……」
しかし、チャラ男はめげない。
「な、なんだよ、この真面目そうな女の子と男が見てもほれぼれするぐらいカッコイイ君は……ただの学校の先輩後輩なんだろう? だったら、ただの部外者なんだから、あっち行けよ」
「ごちゃごちゃ、うるせえな……」
その時。
グイ。
(え……?)
唐突に顔の辺りが温かくなった。
何が起こったのかと思ったら……。
(ええっ……!)
――私はコワモテイケメンに抱き寄せられた。
さっきも泣いてたら抱き寄せられたけど、突然の出来事に心臓がドキドキして落ち着かない。
しかも……彼がチャラ男に言い放つ。
「俺の女だよ」
――俺の……女――!
チャラ男から守ろうとして嘘をついてるのは分かってるんだけど……。
さっきから人生初めての出来事が連続して、頭が爆発しそう!!
「くそっ……覚えてろよ……!」
そうして、アニメの雑魚キャラが言いそうなセリフを吐いて、チャラ男はその場を立ち去ったのだった。
「行ったか……はあ……」
コワモテイケメンがため息を吐いた。
まだ私は彼に抱き寄せられたままだ。
「あ、あの……」
「え? ああ、わりぃな……」
彼がぱっと離れたんだけれど……。
「あ……」
脱力した私は、その場にヘタリこんでしまった。
「おい、大丈夫か?」
「ええっと、はい、なんとか……」
そうは言ってみたものの……。
「不良にびっくりしたのか、腰が抜けちゃったみたいで……」
てへへと笑っていると――影がさっと差す。
そうして、ぐんと視界が高くなった。
「きゃっ……あ……」
夕方、追っかけられた時みたいに、私はコワモテイケメンにお姫様抱っこされていたのだ。
そうして、ぐるんとUターンして回れ右。
「あの、どこに……??」
「そんなの決まってる。俺の家だよ。どうせすぐに泊まれる友達の家なんてないだろう?」
――図星だ。
彼の両腕に抱きかかえられたまま、公園を出て暗い夜道を歩く。
「さっき伝えたように、ご迷惑をおかけするわけには……!」
「俺は迷惑なんて言ってねえ」
「あ……」
ぴしゃりと告げられて、私の体がびくっと震えた。
「ああ……推しとか言う男以外にはあんまり抱きかかえられたくなかったか……? でも、お前、腰抜けてるから、少しだけ我慢してくれよ」
相手にそう言われてしまい、私はだんまりになった。
「まあ確かに好きな男がいるんだったら、俺と二人暮らしなのは嫌だろう。とはいえ、お前も行く宛てがない。さすがに関わった以上は、放っておくわけにはいかない」
「あ……」
やはり面倒見がいい男性のようだ。
「あの家には使ってない部屋がいくつもある。俺の部屋から離れた場所に鍵でもかけて過ごせば、一緒の屋敷でも問題はないだろうさ」
そんな風に言われてしまっては断る術もなく……。
「分かりました! ちゃんとご飯とか洗濯とか頑張りますから!」
パッと顔を上げて告げる。
ちょうど雲に隠れていたお月様が顔を出して、彼の表情をしっかり見せてくれた。
「ああ、ありがとうな。そうしてくれよ」
……あ……。
すごく優しい顔で笑うから、私の心臓がきゅうっと疼いた。
なんでだろう。
なんで、推しのせとくんと重なって見えるんだろう。
「そういえば、貴方もバスケをするんですね」
「……もうやってない」
「え?」
だって、今日確かにバスケをやっていたよね?
すると、彼の表情が一気に険しくなる。
「……バスケなんて嫌いだよ」
「あ……」
なんだかそれ以上は踏み込んじゃいけない気がした。
また二人の間に沈黙が降りる。
どうしようかなって思っていると――。
コワモテイケメンが軽口を叩きはじめた。
「しかし、お前、体重結構軽いな……肉食え、肉。たんぱく質が足りてねえんじゃないか?」
「え? ああ、そういえば、お母さんが亡くなってから食欲がなくって……」
「食欲ないのかよ? なんか適当に美味いもんでもデリバリーで頼むかな」
コワモテイケメンは世話好きな良い人のようだ。
「あの、大瀬戸先輩」
呼びかけてみたが返事がない。
「あの……」
「ああ、そういえば、俺の苗字か……?」
「え? はい、そうですよね……?」
「あんまり気にしないでくれ。馴染みがないだけだ」
自分の苗字に馴染みがないなんて不思議なことを言うものだ。
「そういえば、先輩の下の名前は何なんですか……?」
「…………」
全く返事がなかったけれど、しばらく経って、彼が口を開いた。
「瀬戸……」
「え?」
聞き間違えだろうか?
「それって苗字ですよね? 下の名前ですよ」
「…………」
コワモテイケメンが一気に不機嫌になっていく。
「だから、瀬戸だっての!!」
――んん?
それってもしかして……?
「フルネームが『大瀬戸 ――」
「ああああああ!! もうそれ以上色々言うなよ!!」
私の同級生たちの名前。
お母さんたちの世代からしたら、ちょっと変わった名前も多いって言ってたし……。
「ええっと……下の名前は瀬戸さんでお間違いないですか?」
「ああ」
だったら……。
「じゃあ、瀬戸先輩」
笑顔で笑いかけたら、また先輩はだんまりになった。
「あの……?」
「ああ、いや、まあ、下の名前で呼ばれたから、なんだ……」
なんだか妙にもごもごしている。
首も赤い気がするけれど、気のせいかな?
「瀬戸先輩、今日からよろしくお願いします!」
「ああ、こっちこそよろしくな」
まさか――。
お母さんが亡くなってしまって……。
一個上の先輩と今日から一緒に住むことになるなんて、思いもしなかったな。
……それにしても……。
先輩の名前も「瀬戸」らしい。
私の推しの「せとくん」も「せと」で……。
とはいえ、ユニフォームに書いてあるのは、苗字のはず……?
だったら、やっぱり別人かな……?
もっと天使みたいな男の子だったし……。
なんだか気になったけれど、なんだか眠くてふわふわしてくる。
「ああ、疲れて寝ちまったのか、体力ねえな」
優しい声が耳に届く。
同居初日。
瀬戸先輩の腕の中、私は眠りに就いてしまったのだった。


