加賀美百合は俺の話を静かに聞いてくれた。
優しい女だなって思う。
だけど、ここからが本番だ。
どうか……俺のことを嫌いにならないでほしい。
そう思いながら、続きを話すことにした。
「親父は俺と一緒にいたくないんだ。本当は、自分の好きなバスケだって俺に共有してほしくないんだ。俺はそんな風に思うようになった」
「…………」
「自分の世界が一気に狭くなったような感じがしたよ。息を吸ってるだけで苦しいような、生きているのが窮屈になったような気がしたんだ」
話していると胸が塞ぐような気持ちに陥る。
「俺がバスケをすることで、誰かを苦しい思いにさせてたんだって思ったら、いてもたってもいられなくて……そうして、ずっとやってたバスケから逃げることにした」
「…………」
「ああ、もちろん、ずっと一緒にやってきた仲間達からは『バスケを辞めないでくれ』って言われて引き留められたよ……だけど、辞めるって俺は引かなかった……怖かったんだ。ずっと大事にしてもらえてるって思ってた親父にさえ疎まれてる俺の居場所なんて、この世にどこにもないような気がしたんだ……友だちなんて、なおのこと、俺のことをどう思ってるのか分からなくなってしまって……」
なんとか声に出して続けた。
「俺はバスケから、あいつらから逃げ出して……本当に最低最悪なやつなんだ」
「その……瀬戸先輩はバスケを続けるのが辛かったんでしょう? だったら、その辛い期間、チームから抜けることは、私には、そんなに悪いことではないように思うのですが……」
加賀美百合は優しいからそんな風に言ってくれるけど……。
俺はちゃんと本当のことを教えないといけない。
「そんな風に言ってくれて、ありがとう。だけど……」
声が震えた。
「タイミングが最悪だったんだよ」
「え?」
「中学時代最後の地区大会。決勝まで進んでた……だけど、俺が抜けたせいで……」
歯切れが悪くなっていく。
「元々5人ギリギリのチーム……だったのに……」
しばらく何も言えなくなった。
加賀美百合が息を呑んだのが伝わってくる。
「その……もしかして……」
「そうだ……」
そうして、俺は後悔に押し潰されそうで――呼吸がしづらいなか、真実を告げた。
「俺が抜けたせいで不戦敗になったんだよ――皆は何も悪くないのに、俺が、バスケから逃げ出したせいでな」
これ以上、何かを口にしたら、加賀美百合に引かれるんじゃないかって……。
怖くなって口を噤んでしまったけれど……。
「瀬戸先輩……」
「なん……」
ベンチの隣に座っていた加賀美百合が、突然俺の頭を抱きかかえてきた。
「お前、何を……」
すると、ぎゅっと抱きしめてくる。
「ずっと1人で悩んでいたんですね……」
「何……言って……俺は悩んで良い立場じゃなくって……俺がバスケを嫌いにならないと……」
だけど――。
「そうやって、ずっと1人で頑張ってきたんですね……」
「何言って……」
「大好きなバスケを嫌いだって思わなきゃ、心が壊れそうなのに……ずっと頑張って……先輩……」
加賀美百合の言葉が詰まる。
その時、頬に熱い滴が触れたのが分かった。
……涙だ。
なんだろう……。
彼女が俺のために泣いてくれているのが分かってしまって……。
目頭が――胸が――熱くなって仕方がない。
ずっと頑張って頑なに凍らせてきた心の氷が、どんどん溶けていくような……。
そんな気がして……。
「俺が逃げたせいで……中学最後の試合だって皆頑張ってきたのに……俺が全部台無しにして……だれかの中にいるのが、ますます怖くなっていって……」
だけど……。
「百合……お前がそばにいてくれて良かった……」
ずっと俺のことを抱きしめてくれる加賀美百合。
壊れかけの心を、彼女がそっと優しく包みこんでくれて……。
彼女がそばにいてさえくれれば、俺は乗り越えられる。
そんな気がしたんだ。


