こわモテ男子と激あま婚!?



 本当はバスケのことが好きなはずだって、直球で言ってくる加賀美百合の言葉が、俺の胸をざわつかせる。
 気づかないうちに、身構えてしまった俺は、拳をぎゅっと握ってしまう。
 俺の肩ぐらいまでしかない小柄な女子なのに、なんだかものすごい圧倒的な目力を感じてしまった。

「私の推しもセトさんって言うんです……」

 その言葉を聞いて、俺は思わず目を見開いてしまった。

「お前の推しが……セト……?」

「はい」

 加賀美百合の推しもバスケをしていたと言っていた。
 しかも、名前がセトなのだという。
 ……おいおい……。

「まさか……お前の言うセトは……」

 こいつの小さい頃からの推しが……。
 まさか……そんな奇跡みたいな偶然があるはずが……。

「……セトくんと瀬戸先輩の関係については、私にはなんとも言えませんが……」

 加賀美百合はそう足した。

「ミニバスケで圧倒的に強かったセト君だけど、ここ最近は姿を見ていません」

 それはそうだろう。
 もしこいつの言うセトが俺なんだとしたら、バスケを辞めてしまっているんだから……。

「だから、何か事情があってバスケが出来なくなっているんだと思います」

 そうして、加賀美百合はそっと俯いた。

「もしかしたら、お母さんみたいに病気になったり、事故や事件に巻き込まれてしまったんじゃないかなって……もうずっと心配していて……」

 俺がバスケを辞めたのは、彼女が言うような理由が原因じゃない。
 心臓の音がやけにうるさくなっていった。

「そうじゃないんだったら……」

「……そうじゃないんだったら、なんだって言うんだよ……?」

 彼女が口を開くのが、ものすごくスローモーションに見える。

 そうして――。

『バスケのことを続けてほしい』

 どうせそんな台詞を言ってくるんだろう?
 引き止めてきた他の仲間達も似たような台詞を軒並み言ってきたんだ。
 ただでさえ加賀美百合は、『好きなものを好きで、一生懸命な人』が推しなんだって言ってたんだから。
 過去のセトと今の瀬戸(せと)瀬戸は――全然真逆の人間になったんだから。

 だけど――。


「……同じ世界に一緒に過ごせてるんだって思ったら、それだけで私は嬉しい」


「は……?」

 あまりにも予想外な斜め上の回答が返ってきたものだから、俺は愕然としてしまった。
 加賀美百合は、俺には全く理解の出来ない考えの持ち主のようだ。

「お前が、何を言っているのかが分からない……それだと、バスケ関係なしに、そいつが生きてるだけで良いって……聞こえる」

 思わず本音を漏らしてしまった。
 すると、加賀美百合が目をパチパチさせていた。
 そうして、頬を赤らめながら、あたふたしはじめた。

「説明がうまくなくてごめんなさい」

「いや、別に謝らなくても良いんだが……」

 すると、加賀美百合は深呼吸をした後、続きを話しはじめた。

「こんなにも好きで一生懸命になって、夢中になれることがあるんだって、それを初めて私に教えてくれたのがセト君なんです。まあ、本人に教わったわけじゃないので、勝手に私が教わった感じになるんですけどね」

 それはそうだろう。
 加賀美百合と直接話したのは、この数日が初めてなんだから。
 いいや……。
 本当にそうなんだろうか……?
 俺はこいつと昔……。

「魔法使いみたいなセトくんに……」

 ふと、小学生の頃に合った女子の顔が頭を過ぎる。

『せとくん!! 魔法使いみたいでカッコイイ!!』

 あの子はこんな地味なやつじゃなかったけれど……。
 だけど、その言葉は……。

 試合で勝てるかどうか分からない時のざわつきに似たものが、俺の中に拡がっていく。

「魔法使いって、バスケやってるだけだったんだろう? 言い回しが大げさじゃないか……?」

 加賀美百合が続ける。

「高く飛べるだけじゃない……画面の向こうにいる私にまで影響を及ぼしてきました。たくさんの人が生きているけれど、同じ時代を一緒に生きて過ごすことが出来て、一瞬だけでも誰かの心に何かを残せるって、本当に奇跡みたいなことだって思うから……だから、彼は魔法使いなんです」

 思わず、俺はひゅっと息を呑んだ。 


「そんな推しの彼が、生きて一緒の世界を生きているんだって思えたら、それだけで私は幸せなんです――これから先も、ずっとずっと私の推しです」


 堅く握りすぎて痛くなった手を開いて、加賀美百合に問いかけた。

「そのセトとやらは……お前のいうように、今はバスケをやってないんじゃないか? だったら、そんなもう続けてないようなやつのこと推し続けても意味ないんじゃないのかよ?」


 すると、加賀美百合はじっと俺の瞳を覗いてくる。
 目をそらしたいけど、そらしたらなんだか逃げてるみたいでかっこ悪いなって思って、俺はそのまま相手の目をみることにした。

「さっきも言った通り、バスケをしてもしなくても、セトくんの本質的なところは変わってないと思うんです――何かに熱くなれる、そんなところは……」

 彼女は続ける。


「それに、もし今、バスケが嫌いだって思っていたんだとしても……昔、それにかけた情熱や時間や、好きだっていう思いに……嘘はなかったと思うんです」


 自分でも少しだけ震えてるのが分かってしまった。

「だから、大人になって、何か夢中になれるものがあるなら、それに夢中になってほしい。それは別にバスケに関わることじゃなくても構わない。だけど――」

「だけど……?」

「それが、バスケに関わることだったとしたら、とっても素敵なことです……またやりたいって、そう思える時にまた関わってもらえたら良い……」

 加賀美百合がふっと俯いた。
 大人びた表情で、心臓が一瞬だけおかしな音を立てる。


「ただ、今も本当は好きでバスケをしたくてしたくてしょうがないのに……好きなのに嫌いだって自分に言い聞かせて……色んなことを我慢して辛くなっているのを見たら、私も辛いです……だけど、バスケをまたするって決めるのも、瀬戸先輩次第だから……何か理由があるなら、無理はしてほしくはない」

 好きなのに嫌いだって言い聞かせてる。
 そんな風にこいつには見えて……。


「私、どうも思いがけず、特等席を手にいれたみたいだから……。これから先もずっとずっと、どんなセトくんのことだって推し続けようと思います」


 そう俺に言ってくる加賀美百合は、夕焼けに照らされて、なんだかすごく綺麗に見えたんだ。
 心臓がドクンドクンと高鳴っていく。

「加賀美百合、お前の推しのセトは……」


 それは俺じゃないか?

 そう尋ねようとしたけれど……。

「あ、お家につきました!」

 ちょうど屋敷に到着してしまう。

「じゃあ、ごはんを準備しますね!」

 そう言って、加賀美百合は玄関の向こうへと消えていった。

 俺はしばらくその場に立ち尽くした。

 試合に出る前の、緊張感と高揚感みたいなものがない交ぜになった気持ちがする。

「俺は……バスケのことは嫌いになったんだって……言ってるのに……」

 そうじゃなきゃ、ダメなんだ。

 そうでないと……。

 逃げるように出たバスケチームの仲間達に申し訳なくて……。

「俺にバスケを好きでいて良い資格は……なくて……」

 声が震える。

 そう、俺はバスケを好きでいて言いわけじゃないんだ。

 他人の気持ちなんて考えきれず、誰かの心を傷つけてしまうような、俺じゃあ……。

 だけど、どんなに嫌いになろうとしても、ずっとずっと好きだったバスケのことを嫌いになんてなれなくて……。
 
『……どんなセトくんだってずっと推し続ける』

 どんな、俺でも……。

 迷ってバスケを辞めてしまった、そんな俺でも……あいつは……。

 なぜだろう。

 彼女の話は拙くて、なんだか、とりとめのない話だった。

 それに、俺本人に言っているつもりは加賀美百合にはなかったのかもしれない。

 だけど……。


「俺は……バスケのことが……」


 消そうとしても消えない何かが、胸の奥底から湧き上がってくる。


 しかも、どんな自分でも良いからと、応援し続けてくれているやつが、いたんだって分かって……。


「ああ、情けないな……」


 しばらく、外が暗くなってしまうまでの間、涙が溢れて止まらなかった。